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5年前に田舎に越してきた35歳の主婦です。同居の大変さもなんとか乗り越えようやく家族みんなが穏やかに♪改めて自然はいいなあ〜と思う今日この頃♪かわいい 娘同様のワンちゃん2匹とのんびりと暮らしています。

オリンピックの歴史

オリンピック・・・
楽しむんではなくて調べてみた。
やっぱり気になって。

(最後の方に落ち?あり。あとは適当に流して下さい)


ギリシア神話に残る祭(古代オリンピック)の起源には諸説ある。

ホメーロスによれば、トロイア戦争で死んだパトロクロスの死を悼むため、アキレウスが競技会を行った。これがオリュンピア祭の由来であるとする説がある。別の説によれば、約束を破ったアウゲイアース王を攻めたヘーラクレースが、勝利後、ゼウス神殿を建ててここで4年に1度、競技会を行った、といわれる。さらに別の説によれば、エーリス王オイノマオスとの戦車競走で細工をして王の馬車を転倒させて王を殺し、その娘ヒッポダメイアと結婚したペロプスが、企てに協力した御者のミュルティロスが邪魔になったので殺し、その後、願いがかなったことを感謝するためにゼウス神殿を建てて競技会を開いた。ペロプスの没後も競技会は続き、これが始まりだ、というものである。

いずれにせよ、神話に残る競技会は何らかの事情で断絶し、有史以後の祭典とは連続性をもたない。なおこれらの伝承のうちのいくつかは、エーリス市民らがオリンピックの由来を権威付けるために後に創作したものも含むと考えられる。


記録に残る最初のオリュンピア祭は、紀元前776年に行われた。古代オリンピックの回数を数えるときには、この大会をもって第1回と数えるのが通例である。このとき競技は1種目、スタディオン走(短距離走)のみで、勝者はエーリスのコロイボスであった。ただし、さきの円盤の作成年代などから推測して、この古代オリンピックの開始年は、もう少し遡ると考えられている。競技会の行われた季節は麦の刈り入れが終わり、農民が若干暇になるユリウス暦の8月だったと考えられている。

最初はエーリスとスパルタの2国のみの参加だったオリュンピア大祭は、正確に4年に一度開催され続け、しだいに参加国も増えてきた。そしてついに全ギリシア諸国が参加するようになった。この大会はギリシア共通で使われる暦の単位にもなった。オリュンピアードという単位で、これはあるオリュンピア大祭が開催されてから次の大祭が開催されるまでの4年間を示す。年を特定するためには「第○○オリュンピアードの第×年」と数える。


参加資格のあるのは、健康で成年のギリシア人の自由人男子のみで、女、子供、奴隷は参加できなかった。不正を防ぐため、全裸で競技が行われた。勝者には勝利の枝(この枝の木の種類は諸説あり)と勝利を示すリボンのタイニアが両腕に巻かれ、ゼウス神官よりオリーブの冠が授与され自身の像を神域に残す事が許された。

競技会は大神ゼウスに捧げられる最大の祭典でもあった。祭りであるので殺し合いは固く禁じられた。格闘技で相手を殺した勝者には、オリーブの冠は贈られなかった。逆に、勝者であれば死者であっても冠が贈られた。パンクラティオンで相手が降参するのと同時に倒れて死んだ勝者に対して審判が冠を授けたという。

審判はきわめて初期はエーリス王が当たったが、競技の数が多くなるとエーリス市民からくじで選ばれた。選ばれた審判たちは、オリンピック期間中、神官として扱われた。審判はエーリスに設けられた専門の施設で競技規則について10か月に渡り専門家から教えを受けた。その間に、続々と各国から選手が集まり、1か月前になると、選手とともに合宿練習をして、練習試合の間にまた規則の確認を行った。予選もここで行われた。



体育のほか、詩の競演なども行われた。


女性の参加と観戦に関しては、研究者の間で意見が分かれている。そもそも、競技大祭中は、オリュンピアには女は入れなかった、という説と、神殿と競技場には入れずに、外でテントを張って待っていた、という説と、競技場内でもフィールドに立ちさえしなければ実質的には咎めはなかった、という説と、未婚女性に限り、競技場観客席での観戦が許された、という説がある。少なくともエーリスの女神官が観戦していたことだけは確からしい。女人禁制の掟を破ったものは、崖から突き落とされる(実質的には死刑)というルールであったが、記録に残る限り適用例はなく、象徴的なルールであったとも考えられる。

オリーブの冠を授かった者は、神と同席することを許された(競技会後、オリュンピアの神殿敷地内に優勝者の像がつくられることに由来する)者として、故郷で盛大に迎えられた。祖国の神殿に像が作られた競技者もいるし、税が免除されることもあった。いずれにしても祖国の歴史に永遠に名が刻まれることになった。

しかし、この祖国での優勝者への過剰な褒章が、逆に大祭の腐敗を生んだ。祖国が優勝者に支払う報奨金は跳ね上がり、褒章欲しさに、不正を働くもの、審判を買収するものが出て、オリュンピア大祭は腐敗した。買収を行ったものと応じたものは以後の大祭から追放されるだけでなく、多額の罰金が科せられた。この罰金を元に、オリュンピアに「ザーネス」と呼ばれる不正の見せしめのゼウス像が作られたが、ゼウス像の数は増える一方だったという。記録によれば最終的には11体までザーネスが建てられたとされ、今日のオリュンピアに残されているのはその基部のみとなっている

最末期、キリスト教が広まるにつれ、異教ローマ神の祭典であるオリュンピアは、しだいに廃れていった。313年、ローマはキリスト教を認め、392年、国教とした。このときキリスト教以外の宗教は禁じられたため、オリュンピア大祭も禁じられることになった。



近代オリンピック
ピエール・ド・クーベルタン男爵(Baron Pierre de Coubertin、1863年1月1日 -1937年9月2日)はフランスの教育者であり、近代オリンピックの創立者である。日本では一般的にはクーベルタン男爵と呼ばれる。

歴史書のオリュンピアの祭典の記述に感銘を受け、「ルネッサンス・オリンピック」の演説のなかで近代オリンピックを提唱し、賛同者による国際オリンピック委員会 (IOC) の設立、1896年のアテネオリンピックへの開催へとつながった。

国際オリンピック委員会事務局長、第二代国際オリンピック委員会会長などをつとめ、近代オリンピックのシンボルである、五輪のマークも考案した。


開会宣言  ゲオルギオス1世

ゲオルギオス1世(Γεώργιος Α΄ της Ελλάδας, Georgios I、1845年12月24日 - 1913年3月18日)は、ギリシャ王国の国王(在位:1863年 - 1913年)。

デンマーク国王クリスチャン9世の次男クリスチャン・ヴィルヘルム・フェルディナント・アドルフ・ゲオルク(Christian Wilhelm Ferdinand Adolf Georg)として、首都コペンハーゲンで生まれた。兄はデンマーク王フレゼリク8世、姉にイギリス王エドワード7世の王妃アレクサンドラ、妹にロシア皇帝アレクサンドル3世の皇后マリア(ダグマール)、ハノーファー王国の元王太子エルンスト・アウグストの妃ティーラがいる。デンマーク海軍の士官として働いた後、1863年3月30日にギリシャ王国の王位についた。まだ17歳であった新王はただちにギリシャ語を学び、ギリシャ入りした。1867年にロシア皇帝アレクサンドル2世の弟コンスタンティン大公の娘であるオリガ・コンスタンティノヴナ(ギリシャ語名オルガ)と結婚した。1896年にアテネで第1回オリンピックを開催した。

ゲオルギオスの子孫
コンスタンティノス1世(1868年 - 1923年) ギリシャ国王
ゲオルギオス(1869年 - 1957年) クレタ島総督
アレクサンドラ(1870年 - 1891年) ロシア皇帝アレクサンドル2世の息子パーヴェル大公と結婚。ラスプーチン暗殺者であるドミトリー大公の母
ニコラオス(1872年 - 1938年)
マリア(1876年 - 1940年) ロシア大公ゲオルギイ・ミハイロヴィチと結婚。のちペリクレス・ヨアニデスと再婚。
オルガ(1881年)
アンドレオス(1882年 - 1944年) エディンバラ公フィリップの父
クリストフォロス(1888年 - 1940年)
妻との間ではドイツ語で、英語で教育されていた子供たちとは主に英語で会話した。

バルカン戦争で1912年にオスマン帝国から奪還したテッサロニキを戦争最中の1913年に訪問した時に暗殺された。




ゲオルギオス1世の父
クリスチャン9世(Christian IX, 1818年4月8日 - 1906年1月29日)は、グリュックスブルク家初代のデンマーク国王(在位: 1863年-1906年)。グリュックスブルク公ヴィルヘルムの子。

ヘッセン=カッセル家出身の妻ルイーゼの母ルイーゼ・シャルロッテがクリスチャン8世の妹であり、自身もフレゼリク5世の女系の曾孫であったため、フレゼリク7世が跡継ぎを儲けることなく没するとデンマーク国王となる。王位につくとすぐにシュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争に巻き込まれ、1864年にはプロイセン、オーストリアにシュレースヴィヒ=ホルシュタイン公国を割譲する。

クリスチャン9世の子供は以下の通りである。

長男 - クリスチャン・フレゼリク・ヴィルヘルム・カール(デンマーク王フレゼリク8世)
長女 - アレクサンドラ・カロリーネ・マリー・シャルロッテ・ルイーセ・ユリア(イギリス王エドワード7世王妃)
次男 - クリスチャン・ヴィルヘルム・フェルディナンド・アドルフ・ゲオルク(ギリシャ王ゲオルギオス1世)
次女 - マリー・ソフィー・フレデリケ・ダグマール(ロシア皇帝アレクサンドル3世皇后。ロシア名はマリア・フョードロヴナ)
三女 - ティーラ・アマーリア・カロリーネ・シャルロッテ・アンネ(ハノーファー王国の元王太子エルンスト・アウグスト2世妃)
三男 - ヴァルデマー(デンマーク王子)
息子たちは国王になり、娘たちはヨーロッパの諸王家に嫁いだため、「ヨーロッパの義父」と呼ばれた。

ロシア皇帝ニコライ2世やイギリス王ジョージ5世 、ノルウェー王ホーコン7世、ギリシャ王コンスタンティノス1世はいずれもクリスチャン9世の孫である。



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こういう方々によって
こういう流れでオリンピックが始まっている。

ということが何となくわかる。

当然
ヒトラーみたいな時の権力者が
主催するわけだわ。


近代オリンピックの第一回はアメリカが金メダル一番多かったそうです。
主催地アテネを上回って。



1 アメリカ合衆国   金11 銀7  銅2  合計20
2 ギリシャ(開催国) 金10 銀17 銅19 合計 46



近代オリンピックの主催者の血筋をみると
何だか
国王や権力者たちの娯楽?だった気がしてくる・・・。
僕の?人間たちを競わせて
それを見て楽しむ?


馬にニンジンを与えるように褒美を与えつつ。

そして次第に
政治経済が色濃く絡んできたような・・・。



あ、ゲオルギオス1世?=Georgios I ?

なんか・・・・Georgios ってグルジア?じゃん。汗汗




今朝なんかグルジアが気になっていたけど
ここにきてまたグルジアじゃん。

グルジアとギリシャって黒海を挟んで真向いにある。

ギリシャの旧国王がGeorgios 。


もう一度調べてみると・・・ビンゴ〜〜?!

ゲオルギオス(Γεώργιος;Georgios)は、ギリシャ語の人名。原義は「大地で働く人」、即ち「農夫」を意味する。

キリスト教の聖人「ゲオルギオス」から、キリスト教圏の人名として良く使われるようになった。英語ジョージ、イタリア語ジョルジョ、フランス語のジョルジュ、ドイツ語のゲオルク・ユルゲン、ハンガリー語ジェルジ、ロシア語ゲオールギイ・ユーリイである。また、「グルジア」の国名の語源にもなっている。
(!)
中世以降のギリシャ語では、「イェオルイオス」に近い発音になっている。また、現代ギリシャでは短縮形の「ヨルゴス」も用いられる。

聖ゲオルギオス - キリスト教の聖人。
ゲオルギオス・ゲミストス・プレトン - 東ローマ帝国末期、パレオロゴス王朝時代の哲学者。
ゲオルギオス1世 (ギリシャ王) - 近代ギリシャ王国の国王。
ゲオルギオス2世 (ギリシャ王) - 近代ギリシャ王国の国王。
ゲオルギオス (トレビゾンド皇帝) - トレビゾンド帝国第6代皇帝。
ゲオルギオス・パパドプロス - 現代ギリシャ軍事政権時代の政治家。元大統領。
ゲオルギオス・パパンドレウ - ギリシャの政治家。元首相。全ギリシャ社会主義運動(PASOK)創設者アンドレアス・パパンドレウの父。
ゲオルギオス・アンドレアス・パパンドレウ。ギリシャの政治家。全ギリシャ社会主義運動(PASOK)党首。6.の孫。
ゲオルギオス・ラリス - 現代ギリシャの政治家。新民主主義党元党首、元首相。
聖堂名
聖ゲオルギオス大聖堂



なんかグルジア→オリンピックって
繋がってる。(近代以降)今朝なんとなく書いたけど。
もちろん宗教も。


何度も書くけど宗教は支配層の隠れ蓑です。
支配層にとって無くてはならない要。

そのために創られたのが宗教。


イエスキリストもきっと泣いています・・・。




















  1. 2008/08/11(月) 16:36:40|
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斜に見過ぎ?

グルジア×ロシアの争い。

グルジアってGeorgiaって書くらしい!そうアメリカにありますねーGeorgia州が。

wiki pediaより
[編集] ロシアとの関係
旧ソ連からの独立以降、グルジアは一貫してロシアと一定の距離を置き、欧米との関係強化を打ち出してきた。特に、2004年に就任したサアカシュヴィリ大統領は、より一層の親欧米路線推進を明確にしており、軍事的には2008年のNATO(北大西洋条約機構)とEU(欧州連合)への加盟推進、ロシア語教育の廃止、ロシア帝国からソ連邦時代までのロシア支配の過酷さと抗露運動の歴史を教える記念館の開設、同じく脱露路線をとるウクライナ、モルドヴァ、バルト三国との連携にもこうした路線が表れている。また、対露強硬派で知られるアメリカの新保守主義者との協力も深めているとされる。また、グルジア軍も、NATO側兵器による近代化やアメリカ軍などとの共同軍事訓練を行うなど関係を深めている。

一方、地政学的にみたグルジアは、ロシアにとってカスピ海産原油パイプラインの存在等、中央アジア原油利権等と密接な関わりがあり、南の玄関口黒海へ連なる要衝に位置する。そのため、ソ連独立以降、グルジアの「脱露、親欧米路線推進」路線には常に警戒感を抱いており、両国の関係は急速に悪化している。2006年9月27日、28日には、グルジア国内駐在のロシア軍将校6名をスパイ容疑で拘束する事態が発生、ロシアは報復として、グルジアに対するビザ発給の停止や国境線の封鎖等の報復処置にまで発展した。

また、対チェチェン政策を有利に推し進めたいロシアにとって、チェチェンの周辺国を親ロシア勢力で固めることは、中央アジア原油利権への一定の影響力強化につながるだけでなく、ロシア南部における安全保障の観点からも非常に重要である。そのため、ロシアは、グルジア国内のアブハジア自治共和国独立、南オセチア自治州のロシア・北オセチア共和国への編入を後押しすることで、コーカサスにおける親ロシア勢力拡大に努めている。グルジアにとって、こうしたロシアの行動は自国領に対する主権侵害以外の何物でもないため、これがさらなる両国間の確執をもたらすという悪循環を生んでいる。

昨今の原油価格高騰や同じ脱ロシア、親欧米路線推進を掲げるウクライナ等近隣諸国の動向、さらには欧米の対ロシア政策の思惑も絡み、グルジアとロシアとの緊張は当面続くものと思われる。




新聞見ない私だけどたまに読むと
決まって自分に必要な情報な気がするので
昨日もグルジアがまず一番に目に飛び込んでざっと目を通す。

昨日、輿水さんの大阪座談会の冒頭でもグルジアのバラ革命、オレンジ革命、
のことを話されていて
政局に疎い私でも、あーどんな戦争も元はイルミナティなんだなーと
石油利権争いに巻き込まれて起こる醜いグルジア対露の争いを知る。


私にとってこの情報というか事実は何だろう?と思う。

何故か気になってブログに書いているわけだから
何かあるんだろう。


グルジア出身者の名前の中にスターリンがいた。
あの旧ソ連時代のスターリンが。

グルジアはもともとソ連の一部だったから当然か。

それにしてもスターリンの人格、相当危ないなー。
詳しくはwikiで。(今日の記事とは無関係です)

でもルーズベルトを信頼しているんだもの、何もかも繋がっている?やっぱり。


2004年のオレンジ革命。
この革命の後援者はなんとアメリカのNGOのジョンマケイン。


結局どんな戦争もアメリカが関わっている。

鬼畜米英と叫んでいた戦前・戦中の日本人は
普通に正しかった。




オリンピックがなんか色あせてみえるこの頃。

今年ほど楽しみじゃない年はかつてなかった気がする。
毎年テレビで応援していたけど

今年は暗い暗いイメージしか湧かなくて
選手たちには失礼だと思うけど
競技にあまり興味なし。

それより裏が気になるわ。



それでも
選手ひとりひとりが
今日まで自分との戦いを勝ち抜いてきたことは
見る人に感動を与えるんだろうと思うけど。


谷亮子選手の試合直後の顔は
何か別人の顔に見えた・・・・写真写りがそうだったにしては
ものすごい別人でゾッとしました。(中日新聞)



オリンピック=世界集合=力の集結=闇の力も。


単純にスポーツを楽しむ・・・っていう感覚とは
程遠い感じ。




その力、
他に使えばいいのに。


競技・・・・技を競う。

競ってどうするんだろう?

勝ってどうするんだろう?

何に向かっているんだろう?


なんでも華々しさや強さの裏には
哀しいものが漂うと思うけど。



オリンピックとヒットラー(ナチスドイツ)は密接に繋がっていた・・・・・・。

1936年ベルリン夏季オリンピック開催(ヒトラー率いるナチスドイツ主催)

ヒトラーにとってオリンピックは、「ドイツ民族の優秀性」と自分自身の権力を世界中に見せつける絶好の機会でもあった。大会はヒトラーの思惑通りに進められ、開会式に詰めかけた10万人の観衆らは右手を掲げ「ハイル・ヒトラー!」と唱和、ヒトラー自身がオリンピックの開会宣言をした。


そしてこのベルリンオリンピックで初めて聖火リレーが始まる。
そして初のテレビ放映。


wikiより。


歴史を知る(かじる?)と
なんでも能天気に楽しめなくなるし
それでいいと思うこのごろ。


中国北京での開催は
なんの罪もない多くの人々の犠牲の上で成り立っているし。



オリンピックの起源が気になり調べてみたら
あんまりいい情報がない。

一応・・・・。オリンピックの歴史

なんとオリンピックはギリシャの宗教行事だったらしい。
全能の神?ゼウスを祭る行事・・・・

ここにもまた宗教!



昨日輿水さんも宗教は
闇の隠れ蓑・・・(みたいなこと)だと言っていました。


その為に
いつの時代も宗教は欠かせないわけだわ〜〜




なんだか書き始めの戦争から
こっちのほうにきてしまったわ・・・

なんでも繋がっているもんだから(^_^;)











  1. 2008/08/11(月) 12:15:44|
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変な夢

今朝変な夢で起きた。
主人の夢ってあんまり見ないんだけど(汗)
昨日も今日も主人の夢で。

しかもちょっと怖い夢。


昨日は主人が実は顔が頭と顔に2つあって
手術をして顔をひとつにした・・というエゲツない怖い夢。

近所のおじさんも実は2つあってびっくりしてたら主人が
「俺も二つあったんだー」って頭をみると手術した跡があるの。こわーーー!

で、今朝は
主人の身体がぐにゃぐにゃになって
しかも殺人事件の犯人として警察に取り調べを受けるというもの。

なんじゃそれって感じだけど夢だと怖かったよー。


しかもその時私は不倫をしていて
違う男性に抱かれている。

でも自分でもいけないことをしていると判っているので
そこから逃げるようにして
急いで主人に電話をかけ「パパ、パパ、どこにいるの?」
と泣きながら叫ぶ。

すると警察が主人を取り押さえる・・・というとこまで。

サスペンスドラマか〜



なんかえぐい夢やったなー。

でもこの夢は
何か遠い記憶と繋がっているような気がして仕方なかった。


妙にリアルで。


ちなみに不倫相手は過去に
ちょっと気になっていた男性でしたー(やばいか?)
夢って怖いな〜

っていうか公表するか?


私も一応女だし、ま、夢ならいっかーー(笑)えない?


あとその前に、口を封印する、というビジョン。
小麦粉を練ったもののようなので
口を封印することで
何かとしっかりと繋がる・・・みたいな?
あーこうすると繋がるんだーと感動してたけど
よくわからない・・・。



これは大事だなーと思いながら
目お開けて記憶しようとしたけど寝てしまい、起きたら
なんだかよく判らなくなってしまいましたーー

これは真夜中だったかな。




最近はあまり覚えてない夢ばかりだったので
よけい鮮明で主人との深い繋がりを何故か感じました。

っていうか私ってたぶん何があっても
主人がいいんだろうなーと思った・・^^;
殺人犯でも愛せる自信はあります・・・。(みんなそうよねー)

おっと、誰も殺してないか〜っ夢よ夢!パパごめん。

あと



不倫してごめんなさいw。。。。なーんてね。













  1. 2008/07/22(火) 10:35:15|
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ニュートリノ

ニュートリノ (Neutrino) は、素粒子のうちの中性レプトンの名称。中性微子とも書く。電子ニュートリノ・ミューニュートリノ・タウニュートリノの3種類もしくはそれぞれの反粒子をあわせた6種類あると考えられている。

性質
ニュートリノは電荷を持たず、のスピンを持つ。 また質量は非常に小さいが存在することが確認された。
ニュートリノには電子ニュートリノ (νe)、ミューニュートリノ (νμ)、タウニュートリノ (ντ) の3世代とそれぞれの反粒子が存在する。 これらは電子、ミュー粒子、タウ粒子と対をなしている



質量
例えば光子は質量が 0 である理論的根拠が存在するが、ニュートリノについては質量が有限値を持ってもかまわない。が、この粒子は弱い相互作用しかしないこともあってその質量が観測できず、質量を持たないとするのが一般的であった。

ニュートリノが質量を持つとするといくつかの現象が予測されるが、その中に量子状態の混在がありえるためニュートリノが電子・ミュー・タウの型の間で変化するニュートリノ振動とよばれる現象があった。

この現象について、1998年6月にスーパーカミオカンデ共同実験グループは、宇宙線が大気と衝突する際に発生する大気ニュートリノの観測から、ニュートリノ振動の証拠を99%の確度で確認した。 また、2001年には、太陽からくる太陽ニュートリノの観察からも強い証拠を得た。

ただし、ニュートリノ振動からは型の異なるニュートリノの質量差が測定されるのみで、質量の値は解らない。が、これに先立つ超新星SN 1987Aからの電子ニュートリノの観測時刻が光学観測との間で理論的に有意な差を観測できなかったことから、きわめて小さな上限値が得られており、共同研究チームは3種のニュートリノの質量を発表している。

その後、つくば市にある高エネルギー加速器研究機構 (KEK) からスーパーカミオカンデに向かってニュートリノを発射するK2Kの実験において、ニュートリノの存在確率が変動している状態を直接的に確認し、2004年、質量があることを確実なものとした。




今朝、ふと地元の新聞「神岡ニュース」に目を通すと
大きな記事で
宇宙の彼方へ旅立つ
巨星戸塚洋二氏逝く

とある。
昨日も市役所に行った時にその戸塚先生のお写真が掲示されていて
ちらっと見て見過ごした。

読んでみると
この御方は飛騨市の名誉市民で東大特別栄誉教授。
神岡東茂住にある
「東京大学宇宙線研究所・スーパーカミオカンデ」で物質を構成する素粒子の一つ
ニュートリノの研究に永年携わりニュートリノに質量があることを突き止め
ノーベル物理学賞の有力候補だったかた。

ノーベル物理学賞を受賞された小柴先生の愛弟子。

7月10日死去された。


戸塚さんが神岡鉱山の地下1000メートルの坑道に建設したカミオカンデで
ニュートリノの観測を始めたのが1996年4月から。

施設内の巨大な円筒形タンクに5万リットルの純水を満たし
宇宙から飛来するニュートリノが水中で反応し生じるかすかな光を
タンクの周囲に張り巡らせた1万3000個の光電子倍増官で捉え、
飛来方向やエネルギーを研究している。

戸塚さんは宇宙の彼方から飛来するニュートリノが長距離を移動する間に
別の種類に変身する
「ニュートリノ振動」をデータで示した。

質量がなければ起きない現象らしい。98年学会で発表されている。




という記事でした。

ちょっとニュートリノに興味があったので
おおざっっぱにwikiと神岡ニュースから抜粋。



宇宙の彼方から飛来するニュートリノが長距離を移動する間に
別の種類に変身する
「ニュートリノ振動」をデータで示した。

ここのところに目が釘付けになった。



そうよねー変身するのよねー。この記者さんも
表現が素直でいい感覚だと思う。(あ、嫌味とかじゃなく素直に)



戸塚先生は66歳でお亡くなりになったそうで
早すぎますね。





そういえばまた別の時に書く予定だけど
神岡は今結構揺れています。

山の村牧場をはじめ
市長さんが代わってから神岡は試練の時を迎えているようです・・・。

















  1. 2008/07/19(土) 10:15:14|
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今朝のコメントから

今朝こんなコメントをいただきました。


初めて投稿させて頂きます。●●です。
ここでのお話、きっと●●●●●の方ではないでしょうか。●●●=笑顔だからです。
宗教とは、言い換えると宗の教えと書きます。つまり基本の教えです。残念ながら日本の公の教育では
この基本の教えを教えてくれません。その基本とは、今生きている自分、自分が頂いている命、この命は
どこからきたものなのか。間違いない事実は、両親から頂いた命であり、ご先祖様から頂いた命です。
先祖供養・親孝行とは、言い換えると自分の命の元に対しての「感謝行」であり「報恩行」です。
そして、仏教で一番大事にしていることが、「心を清める」ということです。どこまでもどこまでも心を
清めていく。心が清まるとあらゆる可能性が開けてまいります。中でも大いなる命に生かされていることを
実感できる。言い換えますと大いなる命と一体であることが、心底わかってきます。これを仏子の自覚と
いいます。法華経とは、いかに自分という存在はかけがえのない使命を持ってこの世に生かされているという
仏子の自覚を教えたお経です。
縁起観おわかりでしょうか。これは苦を解決する見方と同時に「成功法則」です。
「自分が変われば相手が変わる」「敵は誰ですか?自分です」。出会うあらゆる現象を自分を高めていく「縁」
と捉え、自分にベクトルを合わせて自分が反省・実践していく。その中に無限の成長がある。
この信仰は、非常に自由度の高い信仰です。そして特長は「なるほど」「なるほど」で理性でもしっかり納得
できることです。



:*:・゜☆。・:*:・゜・:*:::*:・゜☆。・:*:・゜・:*:::*:・゜☆。・:*:・゜・:*::


コメントにキーがかかっていないようなので掲載させて頂きました。

私のブログは基本的にコメントはあまり求めていないのですが
(だってひとりごと・・だから)
ちょくちょくそのひとりごとに対してご意見を伺うことがあります。

そして今朝のコメントには悪意などは感じないものでしたが
心は残念ながら伝わってきませんでした。

本来なら掲載するべきコメントではありませんが
今後の私の課題でもあるので
きっちりと対応させて頂きたいと思います。

まずお断りとして、今の日本人で仏教を悪く言ったり思う人はまずいないと思います。

それでは
この御方に今の私の率直な心をお伝えします。
まず
>宗教とは、言い換えると宗の教えと書きます。つまり基本の教えです。

これについて、無宗教のかたには基本が無いということですか?

>基本とは、今生きている自分、自分が頂いている命、この命は
どこからきたものなのか。間違いない事実は、両親から頂いた命であり、ご先祖様から頂いた命です。

基本とは親とご先祖に感謝すること・・・
私にはそれが基本だとは思いません。
何故なら私には残念ながら子供がいませんがもし授かれば
その子供に感謝などしてほしくないと思うからです。
私が感謝することは自然にあり得ると思いますが。

命を授かるというのはそんな次元ではないと感じます。
生きたいという意志の顕れが現象化されたことが命の誕生です。

>先祖供養・親孝行とは、言い換えると自分の命の元に対しての「感謝行」であり「報恩行」です。
自分の命の元が親やご先祖・・・・
その元は?というのが今の私の求めるものです。

親に感謝先祖に感謝とよく宗教では言われますが
少なくとも私の親は
私が感謝することをむしろ煙たがる方でした。
「自分のことをちゃんとしなさい」

今それがよく判ります。

親に感謝するというのは自分が自分らしく生きること。それにつきる気がします。
私に子供がいれば私のことなんて踏み台くらいにして自分のいのちを
開花させてほしいと願うだけだと思います。

>そして、仏教で一番大事にしていることが、「心を清める」ということです。どこまでもどこまでも心を
清めていく。心が清まるとあらゆる可能性が開けてまいります。

これは仏教がなくては心が清まらないという表現でしょうか?


>中でも大いなる命に生かされていることを
実感できる。言い換えますと大いなる命と一体であることが、心底わかってきます。
これを仏子の自覚と いいます。


お釈迦様やご先祖様に生かされているのでしょうか?



>法華経とは、いかに自分という存在はかけがえのない使命を持ってこの世に生かされているという
仏子の自覚を教えたお経です。

仏子の自覚自体がよく判らないのですが
自分がかけがえのない存在だということや使命を持って生かされていることは
宗教が存在するのとあまり関係がないと思うのですが。

>縁起観おわかりでしょうか。これは苦を解決する見方と同時に「成功法則」です。
>「自分が変われば相手が変わる」「敵は誰ですか?自分です」。出会うあらゆる現象を自分を高めていく「縁」
と捉え、自分にベクトルを合わせて自分が反省・実践していく。その中に無限の成長がある。

成功法則=宗教なのですか?
敵は自分なのですか?だとすれば自分がかけがえのない存在と同時に
敵でもあり混乱しそうですね。


>この信仰は、非常に自由度の高い信仰です。そして特長は「なるほど」「なるほど」で理性でもしっかり納得 できることです。

「なるほど」と理性で納得?
理性?理性とはなんでしょうか?

自由度の高い・・ということは自由度は高ければ高いほどいいということ
のように見受けられますが
自由度が高くしかも法華経の教えが絶対・・なのは混乱しそうですね。




以上です。


申し訳ありませんが
過去記事を読んでいただいていればわかると思いますが
私は今
宗教自体に疑問を感じているのです。


なので宗教をお勧めするなら
心に伝わるようお願いいたします。



理性でなるほど・・・ってホント意味わからない。
こころ(魂)に響くもの、それだけを求めているのです。



ちなみに私は15年間、宗教に関心があるほうで
聖書や法華経にも目を通してきました。














  1. 2008/07/15(火) 10:57:54|
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