昨日のニュースにカミオカンデで新たな実験が今年の9月に始まるとあった。
毎日新聞のニュース>暗黒物質の検出器「XMASS」(直径約80センチ、約5億円)をタンクの中に沈める。
とあり、「XMASS」がなんだか気になりました。
なぜ、暗黒物質の検出器にそのような名前が付いたのか?
疑問です。
そして5億円(他にももちろんかかっているだろうし)
もの予算はどこからでるのでしょう?私たちの血税・・・ですよね。
(正確には文部科学省が補助)
カミオカンデを否定するわけではないけど?
あまりにも不明瞭?な研究機関で私たち一般市民すら
見学に行けないという状況なので謎が多いです。
機械や科学、実験に頼る次元では既にないような
気がしてなんだか不安な成り行きです。
宇宙の研究もいいですが
この地球上ではじめから宇宙が顕わされているというのに
その地球上のことですら表面しか見ていない人間が
莫大な費用を投じて宇宙の研究というのはふと
アメリカをイメージしてしまいました。
神岡でも最先端科学・・とか謳っています。ニュートリノの発見は
素晴らしかったと思いますが。それ以上に何をしているんだろう?
謎です〜^^;(私自身興味がなかったせいもありますが)
カミオカンデも東大との大学共同研究機関。
初期の建設費用だけでも100億円とありました。
ちなみに他の国際宇宙ステーションなどに関する費用も
巨額なんてものじゃないのはなんとなく判りますが・・・
国際宇宙ステーションに関する記述一部抜粋↓
●宇宙開発には莫大な費用がかかる
・国際宇宙ステーションの建設費 → 約400億ドル(約5兆円)
(当初予定よりも大幅にふくらんでいる。日本の負担は約6000億円)
・1回のスペースシャトルの打ち上げ費用 → 約5億ドル(約600億円)
・1回の無人ロケットの打ち上げ費用 → 1億ドル〜2億ドル(100億円〜200億円)
(日本のH2ロケットの場合、約200億円)
比較 日本の国家予算
・発展途上国への援助(ODA)予算(2002年度) → 8566億円
・公立の小・中・高等学校の校舎改築などのための予算(2002年度) →1515億円
・ガン関連の年間研究予算(2001年度) → 140億円
・アレルギー疾患や感染症治療のための年間研究予算(2001年度) → 53億円
・ES細胞等を利用した再生医療の年間研究予算(2001年度) →80億円
・スーパーカミオカンデの建設費用(総額) →約100億円
だそうです。
国家予算に関しては特別会計とかいう訳のわからない
お金の流れがあるしあまり参考にはならないかもしれませんが。
政府が全て公表しているとも絶対思えませんし・・・
Wikipediaより
>暗黒物質(あんこくぶっしつ、dark matter)とは、宇宙にある星間物質のうち自力で光っていないか光を反射しないために光学的には観測できない物質のことである。
とありました。あとは科学的な事柄なので載せませんが
暗黒物質と名付けているのもなんだか嫌な感じです。
あとやはり宇宙の物質の8割を占める・・・だそうですので
殆どがこの暗黒物質ということになります?
とても気にはなる物質ですが
これを研究しようとする意図は何か?とこれもとても
気になります。この研究は2007年、日米欧の国際研究チームが関わっているようですし
NASAの発表によると同年5月米ジョンズ・ホプキンズ大学の研究チーム
も関わっているよう。
日米の専門機関が大きく加わる研究に何か嫌な?感じを受けました・・・。
巨額の費用を費やす実験は
何かの目的があって遂行されているはずなので
ただやみくもに?
暗黒物質(ダークマター)を調査するのではなく
その物質の何かの成果を見込んでの実験だということは
なんとなく感じます。

ニュートリノの調査では純粋に素粒子の研究の流れからたどり着いた
成果だったと思うのですが。
以下は
研究メンバーの方のコメントです。
ニュートリノを利用して
小柴先生はかつて、「ニュートリノ研究は何の役にも立たない」と言われました。その意図は、近い将来生活に役立つレベルには達していない、ということだと思います。しかし、カムランドがニュートリノの伝搬を解明したことにより、これまで見えなかったものを観測する研究手段としての利用が可能になりました。
最初の太陽ニュートリノ観測がめざしたように、地上の生命活動のエネルギー源である太陽内核融合反応は、ニュートリノによって直接監視できます。核融合エネルギーが光となって放出されるには百万年もかかるので、百万年後の将来を見通した研究になるのかもしれません。
また、地球内の放射性物質は反電子ニュートリノを放出します。放射性物質が放出する熱量は地熱の多くの部分を占めると考えられており、その地球からのニュートリノ観測は、地震や火山活動などの地球ダイナミクスを理解する上で、全く新しい情報をもたらします。
ニュートリノのある種の性質は、宇宙が反物質でなく物質でできていることを解く鍵だと考えられています。また、宇宙全体は1立方cm当り約三百個のニュートリノで満たされており、光に次いで多い粒子です。先の太陽ニュートリノは、地球上で1平方cm当り1秒に660億個も突き抜けています。
私たちの身体ですら、1日に3億個ほどのニュートリノを放射しています。実は、気づかないだけで、私たちの周りはニュートリノで満ちています。ニュートリノを理解することは、私たちの住む宇宙を理解する上で重要なステップであることは間違いないでしょう。それにしても
見学したいなー一度は。やっぱりねw。(非公開のようです)
でも巨額を投資しなくても
今は
わかる方にはわかるのが宇宙の、地球の、人間の素晴らしいところだなーと
想うのが本音かも。
- 2008/08/28(木) 18:08:53|
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今日はバタバタと過ごす。
午前中は神岡市街?に買い物&用事でお出かけ。
(久々だったなー)
午後から急に草取りをしなければ、と思いたち
お天気も薄曇りで草取り日和だったので
2時間程夢中で草をむしる。
ちょうど土も湿り気がありスルッと抜けて気持ちいい・・・けど
さすがに普段運動不足だからか
2時間もしていると汗もかき、疲れてきたので今日はお終い。
雑草をむしる・・・・って
どういうことなんだろう?と思いながら(汗)
実際も汗
見かけ・・・の為なのは明らかだけど
雑草の命はなん何だろう?とか思いながら(苦笑)
抜き取られ、機械で切り取られ、時には除草剤(枯れ葉剤)を蒔かれ
雑草の命は踏んだり蹴ったりだなーとか
しょうもないことを思いながらひたすら草を抜き取る作業。
雑という漢字まで当てがわれて
それでもコンクリートの隙間からも強靭な生命力で天に向かって伸びようと
するあの根性はどこからくるんだろうねー
なーんて誰も疑問に思わないかっーーーー

で、パソコンしながら自然農法というのをふと思い出す。
故福岡正信氏の自然農法。
以下wikipedeaより
自然農法(しぜんのうほう)とは、不耕起(耕さない)、不除草(除草しない)、不施肥(肥料を与えない)、無農薬(農薬を使用しない)を特徴とする農法。肥料や農薬を使用する従来農法(有機農法も含む)と異なり、基本的に播種と収穫以外の作業を行わず、自然に任せた栽培を行う。日本や世界各地に実践者がいる。
この農法だと
私が今している野菜作りとだいぶ異なる。
耕さない!いいなーこれ。
そして除草しない!(これもいいなー)
無農薬!(これは実践)
自然のまんま・・・ということだ。
やっぱり雑草はそうそう悪いものじゃない?みたいだなー?
ちなみにこの福岡正信という方は
1988年、アジアのノーベル賞とも言われるフィリピンのマグサイサイ賞を民間人・日本人として初めて受賞する。・・・という大そうな人物。
で福岡さんを検索していたら
こんなサイトを発見。
少しだけ読んでふーーんと思うとこだけ読んでみた。
だんだん読んでいると宗教とか哲学っぽくなってきて
仏教思想も多分に入り込んでいることがわかったのでここまでにするわ。(汗、汗)
最近宗教という言葉を画面で見つけるだけで
嫌な感じがするのでごめんなさい・・という感じかなー。
多くの日本人がいろいろな情報から宗教に自然に関わっているのを改めて
感じた。
でこれを読んでいてもついうっかりと仏教の教え?に
知らず知らずに触れそうだから怖いなーと思うけど。
でも、自然農法はすごい発想だなーと素直に想う。
(というか、楽できるのかなーと一瞬怠け者根性が出ただけなんだなーきっと

)
でも福岡さんは今年8月16日にお亡くなりになり
多くの日本だけに留まらず世界中の人々に多大な影響を与えたそうだから
これってどうなのかなーと世の中の根本的な?を感じるわ。
と思いながらこの福岡氏に
批判的なブログなどはあるのかな?
と検索したら・・・これまたビンゴでしたーー

しかもこの方のブログに
>確かに草を取らないとありますが、除草剤を使って「 無除草 」とするのは、どういう意味でしょうか?
除草剤も農薬ですし、はたしてこれで「 無農薬 」の「 自然農法 」といえるんでしょうか・・・?
むしろ、かなり不自然だと思うのですが・・・とあります〜!ゲゲッ(失礼っ)

何々?除草剤?
素直に自然農法に感動しそうだったけど
ちょっと待てよ・・やっぱり違うんじゃない?と・・・。
で、コメント欄には新興宗教系の農法かも・・とあった。
(これは適当?なコメかもしれませんが)
そうかー
なんだか草取りして疲れていて
感覚鈍っていたかもなー
でも
とても??な農法が多くの人を魅了し
生き方やその人の人生の哲学まで
世界中に影響を与える・・・って
どんな???な世の中なんだろうなーと怖くなってくる。
各地で講演会なども開かれていたそう。
(直接聞いていないし、著書も読んでないので何ともいえないかもしれないけど)
それに私もついこないだまで仏教系の宗教に少なからず
関わっていたので人のこと、全然言えませんが!!
でもこれも一つの気付きにつながるかも・・・・
ということで
まぁ一応削除せず今日の記事にしまーす。
大どんでん返しの記事になってしまったわ・・・見て下さってる方
ごめんなさい

そもそも雑草の生命に思いを馳せて検索したんだから
自然農法で除草剤はないだろうよ〜〜(がっくし

)
※ノーベル賞とか〜賞なんて全然たいしたことないどころか
インチキ賞だとちょっと前から感じてはいたけどね。
後で最初に紹介?したサイトのリンク外しときます!どうせ無断だったし

気付いてよかった

時々のぞく沖縄のチャネラーさんのブログでも
日頃から?という面を感じていて、でも情報範囲も広いので
覗かせてもらっているんだけど
そういえばこの自然農法の記事もこないだ書かれていたっけ。
絶賛されてました・・・
やっぱり〜・・・・
そういえば福岡氏の著書『 わら一本の革命 』などには
釈迦のことば?の引用などが頻繁にあったらしいです。
仏教に関するチャネリング(ヤマタイコク物語)は
こちら。
このチャネリング情報は私の感性ではとってもおすすめです♪
- 2008/08/26(火) 16:16:49|
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今朝は珍しく朝から雨・・・
スキー場に行こうか一瞬迷ったけど
何だか寝ていて疲れをとても感じて老けた気分だったので
気晴らしに長靴&傘さしてでも散歩したくて
わんこにもカッパを着せて歩いてきた。
夢は覚えていないけど
なんだかくまが出来ている気がするほどドッと疲れて起きた感じ。
鏡を見るとくまは出来てないからホッとしたけど

そして
朝ごはんを作りながら
サーカシビリがずっと頭の中をぐるぐると駆け回る。
あのグルジアの?かなー・・たぶんね。
「サーカス?サーカシビリ?同じ?」とあほなことを思いながら
朝ごはんを食べました

当然パソコン開いてすぐに
wikipedeaでサーカシビリ見てみた。
この人の経歴見ればおのずと今回の紛争の
全てが見えてくる気がしたわ。
興味ある方はどうぞ。最初の2行できっと判る人は判るかもしれないなー。
1992年、ウクライナのキエフ国立大学国際法学部を卒業後、アメリカ合衆国に渡り、1994年、コロンビア大学で法学位(Law Degree)を取得。1995年、ジョージ・ワシントン大学より法学の博士号(Ph.D. degree in Law)を受けた。引用終わり。
でも最近の世界情勢って日本も含めて
あまりにも混乱していてよく判らない。今までももちろんそうだけど
必死で情報に目を通しても
あまりにも混沌とし過ぎていて
ものすごい負の?エネルギーで噴火寸前、な感じです。
ジャーナリストの方々ってすごいエネルギーだと思う。
だって分析どころか真実なんて
絶対に隠されているし事実なんて真実とはほど遠いんだろうし
それでも人々に真実らしきことを伝えていかなければいけないんだし
食べるためではやってられないよなーと人ごとだから思う。
でも真実を伝える人は
真面目に勉強して高学歴で知識が豊富・・・では勤まらないと
改めて思うこのごろ。
超能力というのか3次元以上のものが見えないと
真実なんてわからないよなーと。
でも、私ももうちょっと優秀でまじめに勉強していたら
英語版HPの情報も判ったのにーーーと英語が苦手なのを
今更ながら残念に思ったりして。
でもやっぱり日本語大好きなので
今更英語の勉強はしないけどーーー

:*:・゜☆。・:*:・゜・:*:::*:・゜☆。・:*:・゜・:*:::*:・゜☆。・:*:・゜・:*::
ああそうそう
今朝の散歩は雨の中だったので
いつもは空ばかり見て歩くけど今朝は下を向いて歩いてました〜

昨日の記事のクロップサークルも完璧な出来だけど
こんなにシンメトリーで完璧なのがここにもここにも・・・
と思わず携帯で撮ってしまったわ。
どこ撮っても完璧に見えるし
シンメトリー。
いつもずっと
何も感動のない人は
空を見上げたり
下を向いて歩くだけで
何かと繋がる気がする・・・・。
雑草を見て
クロップサークルと同じ感動をした朝

1枚目のはわんこに見えて苦笑したけどw。
- 2008/08/21(木) 08:52:15|
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今朝(夜中)の夢は漢字がぐるぐる回っていて
その中の文字がいろいろ変形し
あれが取れるとこんなにも楽になり
こんなにも平和になれるんだなーと感動していた夢だった。
夜中に起きた時にははっきりと覚えていたけど
朝起きたら一つ一つの文字が全然思いだせない。
ノートとペンを枕元に置いとこうかなー。
でも昨日も
紙に気になる字を書き連ねていたので
多分その字なのかなー
このあとだいぶ書いたのにいきなり消えました、画面が。
そしてここまでしか下書きとして残されていなかった!
でまた書き直しだよーーなんでやーー!!(けっこういろいろ書いたのに)
気を取り直して書き直し。(嫌な作業だよなー)
蛇という字がまず気になってました。
なんであんな気持ち悪い存在なのに宀(うかんむり)で
ヒが守られているんだろう?と。
しかも虫じゃないのに虫って・・・なんかいらつく(笑)
たぶんヘビ・・・と発音はされていた気がするけど
普通の感覚の人ではあの字(蛇)は思いつかない気がするわ。
ちなみにwikiでみたら古代はヘビを「カガチ」とか「カ」とか「ハハ」と言っていたらしい。
それで鏡とか神(カの身)とか鏡餅(へびがとぐろを巻いてる)が出来たとか。
ちなみに
私は虫にさされて皮膚が原形を留めないほどになるので
最近は虫が嫌い、というか怖い存在です。
ちなみにムヒを塗っていたけど効かないので
昨日病院でリンデロンを頂きました。
仏教ではどんな生命も尊いって教えてもらっていたけど
蛇や虫は私だけの感性でも嫌いです。
虫でも人の血を吸うのが嫌い。怖い。血を吸われるなんて。
そして毒も刺される!
蚊という字もなんか腹立たしい。なんであんたが文なんだと。
そういえば犬は蚊に刺されるとフィラリアという死に至る病気になり
昔は薬も開発されていなくてわんこがフィラリアでよく死んでいた。
今は毎月高いお金を払いお薬を頂くので大丈夫になったけど。
(犬は動物の中で唯一人間と同じ霊の存在でもあるようです)
主人にも試しに?「生き物の中で嫌いなのは何?」と聞いたら
偶然?にも「蛇と虫」と返ってきたので感動しました♪(笑)
以前の私ならどんな生き物でも尊いし・・とか言いながら嘘ついてた感じだったけど。
そして
書き連ねた字とは(昨日病院の待合室で暇だったので)
仏
鬼
魂
能
態
熊
魔
法
などです。
すべてヒとかムが入ってます。
仏は人とム。(死んだらムになる=仏になる?という意味ならなんか怖いわ)
鬼は田に´がついて下に人とムがある感じ。人?心の点点じゃなくてムにも見える。
魂はもうひとつム。二にムで鬼。鬼が云うのが魂?なんか怖いなー。
能はムに月にヒが二つ。
態は醜態とか変態とか悪態とか、態度がでかい、悪いとかどちらかというと悪いイメージに使いそう。
熊は足が4本だから?
魔もご丁寧に广(まだれ)がついてしかも鬼が林で覆われている?
法は水と土とム。
ムは無が自然かな?
全ての文字からヒやムをとっぱらうと(!)
仏は人。
鬼は天と田と人(心?)
魂は二と天と田と人。二とは天と地?
能は月。
態は月と心。
熊は月と足(4本)
魔は麻
法は水と土。
何かすっきりした感じ(笑)
この夢だったのかなーー?こんな感じだった気もしてきたわ。
ヒとムを取るとこんなにも気持ちがいい

ヒは
ソラからの情報によると「かまどから火が出ている様子」とありました。
昔はかまどの火は今の電気やガスと同じように欠かせないもの。
大切なものだったはず。それがヒ。
蛇はとても大切にされていた。(隠れたところで=闇の世界=イルミナティ=爬虫類)
ムは
「無理をして身体が曲がること」
蛇からヒと取ると
虫宀 → 蛍 に少し似てる。
蛍はソラ情報では「星に似て作られたもの」・・・
昔は螢で上に火が二つだった。
螢と蛇は似ても似つかないのに!!
無理もダメ。
かまどの火ももう要らないし。
ムヒも使わないし(笑)
心と必は字が似ているけど
必死・必要・必然・必勝・・・・・何か字の如く心を切っているような。
何か強迫観念が入っていそう。
心はもっともっと広く大きく限りないものなのに・・・。
必ず〜〜〜ということはあり得ないことなのに。
秘密という字にも必が入ってます。蜜という字にも。
何か意図的に
支配の意志?を顕わす字が作られていたのかな・・・・。
そうだとしたらうまくできてるなー
- 2008/08/05(火) 10:06:26|
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今輿水さんの勉強会(8・2)の音声ファイルを聞きながら
これを書いています。
個人的に応援している方のひとりです。
ブログも毎日1万人近くの方がご覧になっているようで
私は政治経済には疎いのですが
この方の話は専門的なのに判り易くて心に響いてくる感じで好きです。
人間的にも大きな器を感じるし。(繊細そうでもあるところがまたいい)
アセンションとかそういうことを一切考えていないとこも面白い。
現実的な人。
アセンションの情報は本当にいろいろと
今後の生き方を考えさせてくれるけど
この世が終わる・・・という類は要注意だと思う。
洗脳。
人類が滅びるとか?僅かだけ生き残れるとか?
アトランティスのように?
そういう情報は山のようにあるし
御霊を磨いて光の子になれる人は選ばれる、とか選民思想は
私たちの魂が記憶していることなので余計に洗脳され易いとも思える。
そうそう
昨日の記事で音は支配に使われていた・・ということを書いたけど
音が絶対悪であるということではない。もちろん。
大切にしなければいけないということだと思う。
(ももと私はピアノの音色が好き。たぶん弾く人にもよるんだろうけど)
門に音で闇で闇が悪ではもちろんない。
ただ音を支配に利用されたことは確かだと思う。
でも好んで闇を選ばなくてもいいとも思うし
口も心も耳も音も人も大切な存在なんだと思う。
大切な存在を利用し自分たちのいいように操ろうとする
存在が確かに存在していることは私の感性で感じている。
自己保存は闇だと書いたけど
自分を守ることが悪ではないだろうし
自分を守れない人は人を守ることはできないから・・・・。
でも自分を守っているということは変わらないということでもある。
変わりたいと願うとき、
痛みを伴って守るために閉ざしていた心を開いていくことが必要。
いいか悪いかは別として
小さい頃から私はこの「変わりたい」という欲求が人一倍あった気がする。
今は変わりたいというのではなく
自分の光をとことん信じたい・・という感じかな。
光と闇という区別もあまり必要ではなくて
この区別も支配されていることの顕れなんだと感じます。
いろんな思いは
評価することではないし、
いろんな事実も評価はだめ。
でも悪いことは悪い?
人殺し(戦争)は悪い?
泥棒(搾取)は悪い?
いじめ(差別)・支配)は悪い?
怒りは?傲慢は?
うーーん
私には
善悪ではわかりません。
悪いといえば悪いし
悪くないとはいえない。
善いとはいえない。
だけど現実の地球の上ではこれが蔓延。
それを悪いと感じるのは正しいけど
全て、人の心が何かの支配を受けてそうなっているとしたら?
その何かは目に見えない存在だとしたら?
死んでも殺されても
いじめてもいじめられても
それは当時者にしかわからないこころの動き。
その時当時者が何を感じなにを思うのか。
それは大切な意味があると思う。
私がいじめにあったとき、悲しみや、苦しみはもちろんだけど
自分のエネルギーも感じていました。強いなーって。
だからいじめられもしたんだし。
感じるという字は咸に心。
咸という字をみると厂(がんだれ)に口が入る。
その上に一があり
戈
イメージ。
がんだれは崖を表すのだそう。厄 厚 厘 原
そんなに種類はないみたい。
厄という字からみると崖に潰されている?
原は日を守っているイメージがする。
成・威・戚とか。なんか難しいイメージだわ。
威はなんだか女性が抑えられている感じだけど?
崖の下に口と心がある。
その口のうえに一。そういえば頭という字も口に一がある。
これは頭部を表す?頭部は認識したりするところ。
崖が頭部と心を守っている?覆っている?
それとも口が抑えられている?
ヽは何かがそれを見ている?天を顕わしそれを心で受け止めようとしている?
戈はなんとなく崖で守りたいけど邪魔者が入ってきている感じ?
感じることは
いろいろな要素が加わっている。
それまでの考え方や習慣によってものすごく感じ方も変わる。
刷り込まれた知識によっても。
そして
心のきれいな人や偏っている人が憑依を受けやすい?ように
違う次元の意志が入る(支配)ことも稀ではない。
感じることを大切にするということは
無意識にもそうしているのであり
どこからの感じなのか?ということまではわからない。
少なくとも
この地球で生まれ育った私たちに
本当の魂の感じを大切にするのは至極難しい。
自分にとって心地いい感じももちろん大事だし
心地悪い感じもそのまま感じること・・・・
それが悶えるということであり
さなぎが蝶に生まれ変われるのは
心地よい布団の中から外に出るように
苦しみを伴うもの。
今までの鎧は痛くても重たくても
身体にも心にも馴染んでしまっているから。
軽くなることを恐れるのも一瞬は仕方のないことなのかもしれない。
すべてを
善悪で判断しないことが
鍵のような気がする。
そして
変わること=今まで大切にしてきたことを捨てる=軽くなる。
重くのしかかっていた、縛りつけられていたものから
どんどん自由になり
羽ばたいていけたらなーと思う。
そして感じることが苦しい時
それは変われるという合図。
たぶん今までもそうやって
少しずつ、ぐるぐる回っていながらも
数年前とは違う今の自分にたどり着いているんだと思うけど。
今は
自然や犬や子供や大切な家族に囲まれているので
余計、感じには敏感で、そして自由な時間が有り難い。


もも用に購入したプールが去年から大活躍!
でも子供が入るのでわんこ達はお預けでーす。
ふと
私の好きな故坂井泉水さんの言葉が思い出される。
「私はずっと、言葉を大切に思ってきました。大切にしてきました。」
最近、私がふと漢字のイメージ?にこだわるのは
綿々と続く人類の歴史の流れの中にいて、
今変わることなく残されているものの中に真実が隠されているように感じるから・・
かもしれない。
- 2008/08/03(日) 12:59:50|
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