少し、気分も落ち着いてきた。(あの病院以来)
考えなくなった・・・・(今低温期なので余計)
楽だなー。子供が欲しいって思わない自分って。
今がいいなーーと素直に感じる今が、いいな・・当たり前だけど。
もものかわいいカオを見ているだけで
心がまん丸になれたり
自分の好きなように生活できる自由さ・・。
当たり前じゃないんだよな。
目の回るような波乱の人生?!から一変、
そよ風のふく程度の穏やかな時を過ごせていることの
尊さを・・・今ようやく静かな心で噛みしめる・・・。
想えば同居したての3年間も
こんな田舎の穏やかなとこに越してきたのに
同居という敷居をまたいだことの試練は普通じゃなかったし。
ほんの今年の4月まで義母は精神病院に入退院を繰り返して
いたし。
そう・・・この穏やかな時間はとってもとっても
貴重な時、なんだ。
義親との関わりの丸3年は「何故?あり得んわ」
の連続で。私自身が苦しかった。
もちろん頭では判って・・理解しようとしていたけど
理解してたつもりだけど、今想えば全然だった。
感情が許せない事だらけだった。
今は「そうなんだね、わかったよ」と
心から思えるときが多くなってきた。
相変わらず義母は季節の変わり目になると
大変身のごとく人格が変わってしまう。
今までは
「何で?そんなに心が貧しいの?」と本気で
怒り、本気でどうにかしてあげようと思ったら
思いっきり踏みにじられて、本気で憎しみ恨んだわ。
今はやっと、「そう、そうだよね嫁を憎みたくもなるよね」
とか、心から思えるし、哀しいけど病気がそう表現させている、と
いうことを頭だけじゃなくて心で感じることが
出来るようになってきた。
何を言われてもぐっと「何で?」をこらえられるように
なってきた。
だめ嫁の私にしたらこれは結構な進歩かもしれない。
丸々3年以上かかりました、こう思えるまでに。
義父も然り。
ここまで穏やかな家族になるまでは、
涙と怒りと屈辱と猜疑心と恐怖と執着・・・
そんなものの吹き溜まりみたいだった気がするわ。
そんなことを考えていたら
1ヶ月ほど前から変身(

)して
私を邪険にし始めていた義母が
「のりちゃん、今日私ねぇ、こんな予定なの、頼むね」
と目をしっかり見て話しかけてきた。
きれいな表情でちょっと安心した。
くそばばぁっ!と思うこともあるけど(以前はしょっちゅう、今は
極々たまぁに変身したときとかね)
私がいつもみんなの幸せを願えるように・・・それだけを心にとめていきたいなと思う・・。
こんな素晴らしい時の流れを与えていただきまして
神様、本当にありがとうございます・・・。
- 2007/10/31(水) 22:55:06|
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先週の金曜日、意を決して新たな病院へ旦那と向かう。
その前に前回の血液検査の結果を聞きに
今までの病院へ・・・。
黄体ホルモン、卵胞ホルモンの数値は
極めていい値が出ているらしく
「あれ?生理きちゃったの?期待してたんだけどなー」
と、なんか嬉しい言葉をかけてくれた先生。
今日でこの病院も最後だし、と気分が楽になっていたので
よけい嬉しかったのかな・・

ちょっと気を取り直し、新しい病院へ・・・。
正反対のタイプの先生。
ずっと説明をして下さる・・・びっくりでした。
でもいきなり体外・人口受精や腹腔鏡手術を勧められてしまった。
ちなみに人口受精は2~3万円、体外は30万円ほどかかる。
腹腔鏡手術も1週間ほどの入院を伴うらしい (@v@)
しかも、会話の中でこんなことまで言われてしまった。
「10年一緒にいて、今まで出来ないとなると
はっきり言ってその歳だし、難しいですねー
原因は多分、不明ですねー、原因不明!!」と。
前の病院で殆どの検査はしていて異常はないので・・。
なんか得意げな感じにも見えた。断言された、という印象・・
私もその先生の気迫?というか勢いに呑まれてしまい
「そうだよなー、所詮自然にはもう授からないんだなー
今までの先生は適当だったのかなー」と思いながら
わが子の存在がスーーーッと遠のいていく気がした。
じわじわと心が落ち込んでいった・・・。
もう嫌だーー、病院なんて行きたくないーー+.(≧艸≦)゜+.
すっごい疲労感、徒労感。
私、何やってるんだろー。
どうでもいい感じ。子供を授かるって・・・
現実的じゃないことのような感じ。
焦りとか苛立ちを通り越して無気力感、虚脱感。
不可能なことにここまで神経を遣っていたってこと?
(まだまだ治療は始まったばかりとはいえ、
ここ4年くらいは毎月神経はピリピリだったのだ)
3日くらい考えてました。今後どうする?か。
旦那は私が相当落ち込んでいるのを見抜き、
病院の選択に悩む私の心も見抜き?
こんなことを言ってくれた。
「今までのとこはお前の気持ちをちゃんと汲んでくれて
自然に授かるよう治療してくれていたと想う、
新しいとこはいきなり体外受精勧められたりしてどうも??だと
想う。お金のことはいいけど
お前の気持ちを考えると今までのとこで
気長にやればいいと思う」と。
先生の対応も「頑固で気が短い先生だけどそれだけ
経験と自信があるから人気もあるんだし、黙ってついてこい
っていうタイプかもなー、ああでもないこうでもない
といちいち言わずに毎回お薬だけだし、自然に授けてくれようと
してくれている・・・会話がなくても。
基礎体温も細かくちゃんと
把握してくれているし。俺は前の先生でいいと思う」と。
ちなみに旦那の方が1日も早く子供が欲しい・・とずっと前から
願っていて私の方がどちらかといえば、いつでもいいんじゃない?
と悠長に構えているほうだった・・。(その気になればすぐ
授かるものだと思ってた・・)
でも旦那はこういうとこは大人だなぁといつも感心する。
肝心なとこで、自分より私の気持ちを大切に想ってくれるひと。
どうでもいい時は口は悪いしやんちゃなんだけど。
そう、そのとおりなの。
前の先生は説明もじっくりしてくれないし
きついことも言われたけど
ひとことも『無理かも』とか『難しい』とは
言わなかったな。
いつも「大丈夫ですよ」と言ってくれていたような・・。
私が質問をするのは嫌がっていた気がするんだけど。
ムッとされたり。←これが恐くて行きたくなくなったんだけど。
で旦那の言葉を黙って聞いていたら
自然に・・今までの先生に委ねてみよう・・・
と思える自分がいた。というか、どこに行っても
結局、この治療は不快感や苦痛を伴うものなんだ・・・
と、想った。
結果を保証されず(当たり前だけど)ただただ先生を信じて、
言うとおりにしていくことしかできない・・。
【お医者さんってすごい職業だな。よっぽどその人の
心が伴わないと、患者さんの容態もすごく変わりそう
だなーと、ふと、そんなことを感じてしまったわ】
相性の合わない先生でも、嫌いな先生でも
目的は一つ・・・。
結局はわたしもわがままなんだ。
自然に授かりたい・・・でも少し助けて欲しい、という
こと、なんです。
無理でもいい。授からなくてもいい。
でも今は病院に頼らないと
時間だけが過ぎていく焦り。
誕生するはずの命があるとしたら
私が今、ちょっと頑張らなければいけないんだ・・と。
私はやはり、自然に授からなければ諦めよう、と想う。
今年一杯今までの先生のやり方で頑張ってみて。
病院の梯子、ほど哀しいものはないですね・・・
しかも不妊治療で・・・。
もうちょっと私も気長に、人の欠点ばかりに目を向けないで
良さを探すことをしないとな。
大人になりなさい・・・の呼びかけ、ですね。
でも本と、通院が辛いよー。
めげそう。。。。
ちなみに岐阜の山奥なので富山(他県ってこと^^;)まで
通院している・・・遠いわ。
あー憂鬱です。
- 2007/10/30(火) 08:48:01|
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朝5時50分起床☆
基礎体温を計り、低温期なので気にする事も無く台所に・・。
そういえば、旦那が3日前から風邪を引き、昨日は仕事を
お休み・・・。昨日の朝、すごいしゃがれた声を出していたので
体温を計らせると36.98℃・・まぁ微熱ではあるけど・・・
でも私はウソをついた、37.5℃もあるわーー「仕事
休んでねーー」と。

こうでもしないと休まない人
だから・・・。えへへ♪(^^)
で、昨日から私もなんか喉が怪しい・・・からか、この3日ほど
異常な寝汗・・・

毒素出てる感じ^^;かな。
朝起きると、汗がひいて身体、冷たい感じ。
お天気がいいので毎日お布団干してます

山々もいい色に彩付いてきました、秋真っ盛りですわー。
低温期も真っ盛り〜?なせいか、リセット撃沈で意気消沈したせいか
赤ちゃんへの熱い想いが今は↓↓下降気味・・です。
ももがかわいくて仕方ないし、自由な時間に(あ、24時間自由だけど^^;)
ウェブページの作成したり・・・
高橋佳子先生の(私の人生の御師匠、のような方)御著書や祈りを
ゆったりとした時間の中、心に刻みながら読んだり、
ネットで調べ物をしたりしていると、
小さな頃から、出不精で、自分の世界に浸ることが幸せだった
あの頃、と同じように、小さな小さな世界で大満足な
相変わらずな私、再発見。
子供、かぁーー。最近も毎日一人、二人ほど遊びに来てくれる。
来てくれる子供に安らいでもらえたり、楽しんでもらえたり
してもらえればもちろん嬉しいけど
実は私がいつも子供に元気やあたたかさを頂いている。
私の場合、ただただ
話を聞いてあげたり、何よりも自分に自信をつけてもらいたいと
いつも願うことくらい。
きっと我が子にも私に出来ることは↑こう願うことだけ。
そして私の歓びとは、誰かの為に自分の存在が必要、
だという歓び・・・。生きてることの必然や意味を
自然に与えてくれるんだろう。
子供を授かる醍醐味、歓びはこれなのかな・・。
私が守ってやらなければ、という使命感に浸れること・・。
(もちろん、ももと私もお互いになくてはならない存在で
充分必要とされていますが・・・。)
内側から私の持っている力が溢れてくるんだろうな。
でも元々あるものが引き出される喜びは子育てだけ
ではないはず・・・。子育てももちろんそうだけど
その歓びの為に子供に執着するのはいかがなものか。
そんなことを想うと我が子に対する授かりたいと願う気持ちも
以前ほどじゃ、ないかもなー。
(以前っていうか数日前だけどね^_^;)
って、ころころ変わる私。女心と秋の空ネ・・
高温期には異常な執着で今は・・・ももがいればいいやぁーーってな
感じです。
やっぱり、ないものねだりだなーと想う。
今の生活にある程度、満足していたり
(もちろんこれから夢を叶えていく過程なので満足、とはいえないけど、過去から想えば、という意味で)今は、いろんな時期を待機している時期っぽいので
余計、時間もあり、心にもゆとりがあるので
そんな時に子供の存在を感じて「いいなぁー」なんだろう。
あと、他人と比較して「ないものねだり」なんだわ。
無償の愛はももに、これでもかーーっという程
捧げているし、ももは本当に私の宝、だと心から想えるし。
近い将来、旦那と共にやりたいこともあるし、
自分のやり遂げたいこともある。
子供に執着することはこれっぽっちもないような・・。
今、この穏やかな時間を、大切に感じて過ごさなきゃな。
高温期の感情の波、これは致し方ないけど、
もっと淡々と、波に逆らうんじゃなく
波に自然に預けて、合わせて歩んでいきたいな。
現実や事実や真実というものに逆らっていると
どうしても苦しかったり、疲れたりしてしまうけど。
きっとどんな現実も受け入れ、味わい、時がくれば
手放せる・・・・
どんな苦しい、厳しい現実も逆らわない事が一番ベストな
受け止め方なんだろう・・・。
子供が授からない、という現実も。
師匠はその上の次元、現実の出来事(試練や苦悩)を
受け止めるとき大切なのは、その試練や相手が問題ではなく、
それを受け止める私たちの心がどのようであるか、が問題なんだと。
外ではなく、内。
つまり自分の心、魂は今までと、どう変われるか、どう成長できるか、を
問われていると・・とおっしゃるけど、
私はまず、ありのままをしっかり受け止めていないとこ
多分にあるような。
自分の願いや欲が先行し過ぎて・・。
受け止め切れていないのに変わることなんてできないわ・・
まして成長なんて、ねぇ。
子供がいない生活を34年過ごしているんだから
今更、動機が『ないものねだり』はやめよう・・。
自分のエネルギーを感じたい、存在を必要とされたい
という自分の充足感のための無いものねだり・・・だから。
授かれば今以上に幸せ?になれる・・という思い込み、とかね。
人生の真実は【この世は忍土】=諸行無常・諸法無我・一切皆苦
涅槃寂静(お釈迦様の四諦)
なのだから・・。何かを求める時、慎重に求めなければ
いけないという呼びかけ、を今感じます。
あからさまに本能や感情に赴くままに求めるのは
ただの欲望だわね。
今、ももとパパとの
生活を大切に・・・。そして子供達が
私にパワーをくれているこんな素敵な毎日に
感謝しなきゃな・・。
- 2007/10/25(木) 11:37:34|
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魂の学びを始めて11月で丸2年・・・。
自分の心を深く掘り下げて、何故今、こうなのか・・
今の私は何故こうなっているのか・・を右往左往しながら
探ってきた。
うまれてから・・何が私に起こり、その時にどんな心の動きが
起こり、どう対処し、どう向上し、どう停滞し、どう萎縮し、
どう発散し、どう道を歩んできたか。
そしてどんな思考回路の癖を作ってきたのか・・。
【心を止めて観る=止観する】
過去のいろんな記憶を辿ることも必要だし、
現在の身近な人たちとの関係も丁寧に見つめることが
大事・・・。
頭で判っていてもなかなか、心を止めて観ることは
至難の技。
問題が起こると自分だけで担いきれなくなり
自分に都合のいいように人のせいにしたり、自分を正当化して守ろうとしてしまうのだ。
【受】【発】【色】
批判ー正論ー対立 or 拒絶ー頑固ー硬直 or 不満ー荒れー破壊
優位ー支配ー反感 or 歪曲ー独尊ー孤立 or 欲得ー貪りー無理
卑屈ー愚痴ー虚無 or 否定ー鈍重ー沈鬱 or 恐怖ー逃避ー表弱
その他↑もろもろの感情ー思考ー行動の無意識の流れがある・・。
ちなみに【受】【発】【色】とは物事が起きたとき、それを
どう受け止め【受】
発し 【発】
現実となるか 【色】の 【受】【発】【色】です。
自らの心の一瞬の電光石火のごとく流れる動きを
止めて観る、ということ。
この速さはもう恐ろしいほどの速さで物事を
受け止め続けている私たち。
知らず知らずに身につけているこの思考回路。
私の場合、何の問題も無さそうなときは
【受】【発】【色】
満足ー怠惰ー停滞の衰退の回路をグルグル回っているし。
パパとの関係も
【受】【発】【色】
依存ー契約ー癒着の超衰退回路だわ・・・。
魂の学びを始めて2年たち、少しずつだけど
心が現実を作っている、という事実をリアルに感じるようになってきた。
まさか、ここまで自分の心が現実と密着しているとは・・。
今の、今までの現実は、全て自らが作り出していたなんて・・・。
人間の想念、のパワーの神秘を紐解いているのです。
そのパワーは光にもなり得るし、闇にもなり得る。
光に導かれる為にはそれなりの心や行いが必要・・。
その心=魂の在り方を学んでいるんだけど。
特に人との出会いの尊さ、関わりの深さ、計り知れなさを
感じるこの頃です・・・。
人間関係=難しい、ではなく・・自分ってなんて深いんだっ!
複雑なんだーー!!
という感じかな。
だったら自分以外の人もそうだよな・・と。
それでもどんな人も、人からの究極の誠意を求めて生きている
ような気がする・・。
だとしたら、まずは自分を裏切らないように生きていかなければね。
自分に誠意を尽くす、というのかな。
厳しい生き方ではあると想う。
楽に流れるのは簡単でその時その時の感情に流されて
生きるのはそれはそれで自然なのかもしれない。
ただその生き方に疑問や問題を感じていたなら
自分を表面だけの感情や感覚に縛らず
もっと深く掘り下げながら生きていたいと願う・・。
それだけ、命って深いものだということ、幾千万年のときを経て
今がある神秘の中に毎日生かされている私たちだもの。
自分の人生なのに人のせいにしない。
問題が起こった時、相手に非が見えた時、しっかり見つめ
そして自分に何が出来るか考える。
自分の非を見つめそれを改める。それが私の生きる意味だから。
悔い改める為に、成長するために、生かされているのだから。
周囲は、それを気付かせてくれる為に存在しているのかも
しれない。
自分のことは半分も見えないけど、他人のことは
必然的に見抜けてしまうつもりの私たち・・・。しかも自分の
捉え方のみで捉えてそれが全てであるかのように想う・・。
哀しいかな・・・。
今世、わたしは、はだかで生きることを選択している気がする。
何にも捕らわれず、縛られず
命を大切にする、という究極の生き方を探しているような気がする。
何になる、のではなく・・・はだかの、魂そのものの
癒し、安らぎ、歓びを求めてずっと、歩んでいる気がする。
その為に自分を粗末にしなければならなかったのかもしれない。
大切にする、ことを本当に知る為には
粗末にする、ことを知らなければならないから。
・:*:・゜☆。・:*:・゜・:*:・゜☆。・:*:・:*:・゜☆。・:*:・゜・:*:・゜☆。・:*:
はだかで生まれ
はだかで歩き
はだかで暮らし
はだかで還る
人生の道をいつも、はだかになって歩く事を
思い出させてください。
by/ 高橋 佳子
- 2007/10/23(火) 09:51:06|
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周期2日 基礎体温 36.16
素晴らしい、私の基礎体温・・・。精密そのものだわ。
ガクンっと下がろうが
それが3日も続こうが、私の脳は、その事実をそのまま受け入れない。
下がってるだけで、もしかして妊娠してるんじゃ・・・
ってね(-_-;)
生血

(失礼)を見るまでは、諦めんぞーー・・

で、昨日、諦めがつきました、すっきり!と。
おととい、ソフィから新しく出た『おもいやり』とかいうナプキンも
買ったし、覚悟は充分出来ていたんだけど・・ねぇ、
執着って恐いわ。36.10(昨日)まで下がっても
現実を受け止めきれない、超・歪曲思考な私でした・・・。
ここまで下がれば普通は完全に諦めますわねー

19日のブログでは、いかにも切り替えた、っぽく書いてるけど
実は半分くらいは「まだ可能性はあるわ、奇跡が起きるかも
しれないしぃー」という気持ちがあったネチネチさん、でした。
人間ってどうしてこうも、自分の都合のいいように、いいように
考えようとするんかな、多分、一時が万事、ね。
★。.::。.::・'゚☆。.::・'゚★。.::。.::・' ★。.::。.::・'゚☆。.::・'゚★。.::。.::・' ★。.::。.::・'゚☆。.::・'゚★。.::。.::・'
話は変わりますが・・・。
万事といえば。
思い込みで、自分を守ったり、正当化したり
こうあるべきだと主張しても、理に叶っていないことや
間違った主張は全てそれなりにしっぺ返しや行き止まりをくらうもの。
理に叶う、とは本当に公平で自我の匂いが無い、ということかな。
間違った主張、とは自分の立場でしか考えていない想い方、とか。
どんな些細なことでも神様はちゃんと見つめておられる、ということ。
34歳になった私は、最近、日常生活で、自分が
試されているんじゃなかろうか、と想うようなことが
よく訪れる。
先日の人間関係のつまずきも然り・・・。
心の成長度?を試されている気がする。
明らかに今までの私なら、ある一つ出来事を受け止めても
ここまで、いろんな局面からは考えられなかっただろう・・・。
自分の正当性を主張し通すか、自分を守り通すか、
自分の立場でしか物事を捉えられなかった、と想う。
↑ということさえ自覚なしに自然にそうなっていた、という感じ。
もしくは、嫌な事が起こると相手の非だけしか見えなくなり
相手の非はある、じゃぁ自分は完璧だったのか?
自分に非はなかったのか・・とは考えられなかったなー。
↑を全て捉えた上での言動や思考は、今までのそれとは
明らかに変わる気がする。
試されている、と感じるくらいだから私にとって心地いいこと
ではない・・むしろ逆の出来事・・・。
煩わしい、と思われるこの、出来事は
何か、こう、私を試し、呼びかけている気がするこの頃、です。
「さぁ,どうしますか?」みたいな

でもパパにはガンガン言いたい放題の私なんですけどね^_^;
特に高温期最期は苛々を、本当によく受け止めてくれた??
パパ、ありがとう〜

パパのお蔭で、今、私は健やかに生きられる、と心から
感じます・・・パパは「恐いよー」とよく嘆いてるけどね
- 2007/10/22(月) 08:08:02|
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周期30日 基礎体温 36.40

下がりすぎ.
ちなみに、昨日まで38℃前後をキープだったから・・。
もう少し、想像妊娠したかったよー^_^;
この時期はいつもお腹に天使が舞い降りてきているような
そんな気分に浸れる私。危ない?かもな。
でも昨夜は、生理前みたくなんかパパに苛々がすごくて
何でもないことでつんけんして怒っていたな、私

もしかして、来るかなーとは想ったりもしたけど、
高温期12日目でこの体温は、さすがに凹むわ・・・。
まだセーリさんはおみえではないけど。
まぁ一日も早くすっきりした方が精神衛生上宜しいかも。
今朝、6時前にいつものように体温計って撃沈して
「何にもしたくないよー」とお弁当作りサボる気満々

毎回だけど、無気力になり、この世の終わり、位に落ち込むぜ。
みんなに馬鹿にされてるんじゃないか、とか(皆とは近所の人とか)
自分に価値がない、みたく・・・とにかく起きる気力が
一気になくなる、この瞬間。
でもさすがにパパに「そんなことでどうするっ!」と
ひとこと言われ、「そうだなー、こんなことでだめじゃん」
と思い直し、そそくさと起き、いつものようにお弁当を作りましたわ。
偉いなー私

・・・レベル、低過ぎっ・・・^^;
こんな時は、きっと無いものねだりの究極の「だだこねちゃん」
になってるのよねー。
執着なんてしまい、
と想っていたくせに、いざ自分がその状況に置かれると
ほらね、執着してんじゃん。あーあ。
執着してるから不妊治療、なんだしね。パラドックスだわ。
ま、人の気持ちなんてみんなパラドックスだし矛盾しまくり
だからなーー。

焦らず、気軽な気持ちで不妊治療、かぁ、、、、、ムズカシイわ。
はっきり言えるのは、直に子供と接してみると(お泊りしてくれたり)
急激に本来備わっている私の母性が目覚めた、という感覚、です。
気持ちに余裕があるのもそうだけど・・・。
のんびりと家で主婦を愉しんでいる私の、なんか冷めた
というか慣れた毎日に
子供は熱=エネルギーを自然に引き出してくれる・・・そう。
「子供って人の心のエネルギーを自然に引き出してくれる
存在なんだなーー」って・・・静かな感動だった。
↑もちろん親子ともなれば自分が経験してきたように
いい時はちょっと??で、現実は格闘の毎日・・・そういう意味での
生々しい(笑)エネルギーが出るんだろうケドね・・。
今の私は、勝手知ったる、あうんの呼吸の長女犬、ももとの
大人な毎日。お互いに知り尽くし毎日デレデレといちゃついて
愉しむまったりライフ


ワンコとはいえおしゃべりもしょっちゅうするし
日本語は99%は理解しているし、私の喜怒哀楽は、
多分旦那以上に見抜いている子だと想う

この子さえいれば子供は自然に授かれば嬉しいけど
治療まではしないわーー、と思ってました。
近所の子と接するまでは・・・(^^;)
他人の子でもこんなに愛おしい私・・・発見しちゃいましたーー
あーあ。発見しなければ良かったかしらねーー。
でもこれも何か、与えられたご縁なんだろうしね。。。
所詮、子供を授かりたい、とう感情は私のエゴ、なのかしらね。
無いものねだりの苛立ちなのかな?
でもまずは願ったら、青写真を描く事。
青写真を描いたら、どんな願いを成就させる時も、
必ず試練が訪れるもの・・・。
その一つ一つを乗り越えて、願いが叶うんだもんね。
撃沈も然り。この辛さを何度も乗り越えないと
道は開かないのよねー。
振り回される、のではなく自分でこの辛さを受け止めて
次への活力にしないとなー。
こればかりは私の考え方、想い方、捉え方次第なんだから。
何にも囚われず、縛られず、はだかの自分を大切に、
これが私のモットーだからね。↑なーんてね、理想の生き方、そうそう
理想ね、私の・・・。
アフサイト作り(一応私の将来の仕事&勉強)頑張ろっ・・
最近こっちも煮詰まってきて
なかなか先に進まんわ(((´・ω・`)集中力途切れてきてる感じ。
何がしたいのか判らなくなってきてる感じ。
でも続けてやっていくことが大事、だから、のんびりでもいいから
とにかく先に進めよう・・。1つのwebサイト作り上げるのって
ごっつい時間とエネルギー使うわ。
何年かかってでもいいから

スキルアップ?!するぞーー
- 2007/10/19(金) 09:34:21|
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こんな田舎に住んでいても
ちゃ〜んと神様はそれなりの人間関係の試練を
その都度私に与えて下さる。
山奥で専業主婦してたら普通、人間関係で悩みはしなさそう
なのにねーー。
あ、でも、田舎ほど、何となくみんな負けず嫌いで
お互い心を見せ合えないとこ、あるかも、と最近想うわ・・。
実は我が家、前のブログでも書いていたけど、近所の子供が
ほぼ、毎日遊びに来てくれる・・・半年位前からかな。
で、私も初めは戸惑い、子供も戸惑いドキドキしながら?
遊びに来てくれていたんだけどだんだんと慣れてきて
お互いに楽しめるようになってきた。
こっちが楽しいからきっと相手も気兼ねせず来れるんだろう・・
お泊りなんかもしょっちゅう・・・。
夏休みはちょっと「曜日決めよっかなー」と想いかけるほど
毎日大変な時もあった、でも夏休みだけだし、今だけだし、
曜日なんて決めるのはやめよう、私そんな偉い人間じゃないし・・
とか思い直して夏休みも無事に?終わり今に至ります。
ところが
その夏休み、一人の女の子Mちゃんが。お泊りをして
次の日も一日うちで遊んでもう一日お泊りする事になった。
ここまではお母さんも渋々了承したんだけど
(私も内心、連泊はきついなーと想ったけど子供がかわいいからね)
その翌日、お母さんとMちゃんはお祖母ちゃんちに
行く約束をしていたらしく私は聞かされてないんだけど
2日泊まったMちゃんは勢い余ってその次の日(お祖母ちゃんちに
行く予定の日)他の子供が遊びに来たので余計まだここに
居たくなったらしく・・・
お母さんが迎えに来ても「ここに居たい、おばあちゃんちに
行きたくない」と言い出した。
お母さんは本気で切れ始め、我が家で怒鳴り始める・・
でMちゃんは泣き出し、私も事情があまり判っていなかったけど
なんとなくこのままここに居させてはいけないと
車で強制送還した・・・。
と、まぁこんなことがありました。
怒る気持ちも判るし娘へのしつけは大事、だけど
我が家で怒るのはちょっと解せない私、
大人としてよそ様の家でマジ切れするのは??
あり得ないわ・・と感じる私でした・・。
(ちなみにお母さんと私はとっても仲良しでした。)
いちお、私も愉しんでるとはいえ、よそ様のお子様を二泊させた
あと、「もうのりちゃんちには来させないからねっ」と怒る
母親を見る私の気持ち・・・Σ( -_-)
後味が今一悪く、気分は↓↓↓です。
お母さんが明らかに私に対して不満を表わすってどうよっ?!
これは最近になってそのお母さんから直々に
「ズルズルはよくないんじゃない?けじめつけないと」と
言われてはっきり分りました。
「ズルズぅ?はぁ?あ、やっぱり私の責任だと想っていたんだなー」
とショックを受けたのが1週間ほど前の出来事。
要は、今Mちゃんはいつも家で一人でいるらしい。
Tちゃんは我が家にほぼ毎日のように遊びに来ている。
「Tちゃんをのりちゃんが毎日受け入れてると
子供達がバラバラになって子どもの為によくないと想う・・
のりちゃんが曜日決めたりしてくれれば子供同士
で今まで通り遊べるようになると想うから・・・」
ということらしい。
私はもうなんかショックで悲しくて悔しくて
夏休みの連泊事件のことが思い出された。。。。
あの頃から私も??だったし、向こうも
気に入らなかったんだなーって。
お互いの相手に対する不信感や不快感が何となく
溜まっていた感じだなー。
でもおかあさんの心はなんとなく分ったので
(子供かわいさに、守るために必死、な感じが)
「そだね、今日旦那とよく話してみて曜日決めるねー」
とそのお母さんと別れたのだった・・。
旦那もそのお母さんはよく知っていて呑み仲間、
でもやはり解せなかったみたいで・・・。
「何でうちの責任になるんだぁーー
そっちがけじめつけてくれればいいだけじゃないのかー」
って・・・呑みながら、それはもう息みまくりでした・・・。
我が家に来てくれる子供の母親はみんな御仕事をされていて
一日中家にいない。子供が学校から帰ってきても居ないし
夏休みもいない。
淋しい?子供たちが我が家に来てくれていたから。
あ、淋しいかどうかは分りませんが。推測です。
都合のいい時はうちに預けて、家庭の事情も話してくれず、
都合が悪い時は、うちでマジ切れしたり怒るんかいっ!
うちも大変な時もあるのに、なんでズルズルしないほうが
いい・・・なんて何で言われなきゃいけないんだーーと。
前から心に押しとどめてきた
想いが溢れてきてしまった・・・。
あの連泊事件以来正直私はMちゃんを受け入れる気持ちが
あまりなくなっていたから、最近来なくなったのは
やはり致し方ないんじゃないかと思う。
あれだけ叱られたんだもんね。
それなのに、Mちゃんの遊び相手がいなくなったのは
私が毎日Tちゃんをうけいれるせいで
だと思われているなんて・・。
なんかあの日は腹立たしさ120%だったけど・・
少しずつ冷静に考えられるようになってきました・・。
まず私に非がなかったかどうか。
私の一連の行動や思考は誰の為にもベスト、ということはあり得ない。
Mちゃんのお母さんからみたら
私の存在や行為、想いは、
「ズルズルのけじめのない感じで子供を預けられない」
くらいな感じだったんだろう。
子供の世界に大人が入っていき、子供達の関係を壊している
と取られているのだろう。
で、今回のMちゃんの遊び相手が居なくなった?件に関しては
私が曜日を決めさえすれば納得出来たんだろう・・。
でもそんなことは勝手に・・親子や子供同士で揉めたり喧嘩したり
ひっついたり、離れたり、勝手にやって!!と想う私。
で、夫婦で話を決めたところ、今まで通り。ということに。
困った。立場によって全然違うもんなー。
相手に求めるのは本能みたいな感じで相手を責めたり
相手に変わって欲しい、と思えるんだけど
自分が変わろう、とは思えない。この私。
ごめんねー私が至らなくて、と思えない私。
相手がおかしい!と思う私。
でも以上の↑ことを踏まえると皆、自分達が居心地いいように
必死で毎日生きている、ということ。
子供を守るため?、自分を守るため、みんな一生懸命だということ。
誰が悪いわけでもなく、それぞれの立場が違う以上
求める事も違い、願いも違う。
私は、ただ、子供大人関係なく、来たい人がいつでも
来てくれる、そんな家庭を築きたい、それだけ・・・。
その想いが誰かを結果、傷つけてしまうこともある、ということ。
誰が悪い、ではなく、自分に出来ることは何だろう、と
自分をみつめる、それだけが私に出来る事なんだろうナーと
想いながらも、相変わらず私は「私の何が悪いんかなー?」
と想ってるかも。
ただ相手に腹がたつとか、責める気持ちは無くなってるかも。
私がMちゃんの親なら絶対しない言動であることは確かですが。
自分と同じ人はいないし、だからこそ
自分の意見や思いを主張すると衝突してしまうんだけど。
でも【あるべきようは・・・・】
という願いどおりにはいかなくても常にそれを
求めて生きてゆきたいと思う。私に出来る事、誰も責めず、誰も憎まず、
自分の至らなさを見つめる事・・・。
どうすれば一番良かったんだろう。良いんだろう。
私の修正しなければいけない点はなんだろう・・・。
ずるずる、は傷付いたけど、そういうとこ
あるのかもしれないな。
また、書きます、続きは・・。
- 2007/10/16(火) 17:54:01|
- ご近所付き合い|
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周期 26日 基礎体温 36,78
さあ、いよいよ高温期も折り返し地点。今一つ。
ぐぅーーんと上がってくれなくて心淋しい感じ。
でも今周期はけっこう涙ながらに頑張ったもんなー
こういう月って無理なのかな。↑涙は出ないか・・(^^;)
昨日は病院に行ってきた。
高温期の血中プロゲステロン、エストラジオールの測定でした。
採血だけで終わりかよ〜〜

この検査で黄体機能不全かどうかが判明するらしい。
でも・・この病院3回目なんだけど、ちょっと・・
先生との相性が
今一つの気が、前回もうっすらとしたんだけど・・

今回、はっきりと
「あ、この先生はやだな」っと確信に近いものを感じてしまった。

3回とも旦那が気を利かせて、仕事の都合をつけ
一緒に来て貰ったんだけど、車の中で待機。
私が先生に??と感じていたなんて一言も話さない。
だって私のわがまま、だと思われたくないし・・。
でもさすがに昨日の夜話してしまったわ。
ムカムカして・・帰ってから即効、違う病院をネットで探しまくり
いい感じのとこを見つけたので、話してしまった。
どんな先生でもいいけど恐い感じはやだよね?
やだ。私は。すごくデリケートな診察を受けるという意味でも
高圧的な感じ、とか、患者さんの想いや考えを一切聞こうと
しない感じの先生は、無条件にむかつく。
「こっちだってあなたに診て貰いたくて来ている訳じゃないっ・・」
っていう、女性が不妊の為に婦人科に行く、ということの
もの凄いデリケートな気持ちを全く判ってなさそうな感じ。
残念ながら。
上から物を言う感じで・・・( ̄Д ̄*))
素人の私は殆ど何も判らないので
質問すると「さっき言ったでしょ!何聞いてるの?」
みたいな感じで、「え?さっきは違うことを・・・」と想っても
もう、恐くて何も聞けなくなってしまったわ

私が馬鹿っていいたいわけね?
確かに不妊のことなんてネットでいろいろ読んだくらいで
専門的なことなんて、殆ど何も知らんわッ!!
悪かったかしらねぇ

平静は装ったけど(当然)内心あーもーここやだー!
って素直な私は転院を検討中。です。病院や先生は患者さんが
選ぶもの、だからねーー。←不妊治療に限っては特に・・。
相性悪いと、病院に行くのが只でさえも嫌なのに、
すごくストレスを感じるのは、私だけかしら?
もちろん次回の検査結果を聞いてから〜〜ね(^_-)
今の身体の状態は腰痛い。食欲すごーーいあってガンガン食べれる
感じ

食欲の秋だわ〜。
なんとなく便秘気味。11時なのにもうお腹ぺこぺこだわ。
さぁ昼飯にするわ♥
- 2007/10/16(火) 11:07:53|
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父のこと。
娘にとって父親の存在は思う以上に大きいのかもしれない。
結婚してからは、特に離れて暮しているので
どことなく遠い存在に思える・・・もちろん健在です。
(あ、私は二十歳まで実家におりました、なので20年間
父との関わりがあった、ということね・・)
父は幼少期に実父と生き別れて母親、おじいちゃんに
育ててもらった人。
父にとって父親とは恨むべき対象だった気が。父親像はもちろんない。
多分父が、私に対してああいう接し方をしたのは
父親としてどうしていいか判らずに、その時そのとき
めい一杯の愛情を注いでいたつもりだったんだという気が
大人になってからだけど、わかってきた。
必ずしもその愛し方がその子供が喜ぶかどうかは別にして、ね。
戦後貧しい時代に田舎で父親がいない生活、
それはもう想像を絶する貧困生活だっただろう・・・。
戦後の復興期・・・高度経済成長に突入する時代、
父が「下を見たらキリがない、上を見ろ」と
私たち姉妹に言い聞かせてくれた言葉、違和感?を感じた・・
のを未だに想い出す。
でもあの時代の、あの年代の人達はきっと上だけを見ることが
自然なことで上だけを見てきたからこそ
ここまで日本が成長出来たんだということ、あの焼け野原から。
あの貧しさから・・・。
特に片親、という当時ではハンデになるであろう家庭環境で
育った父にとって、貧しさや社会的な屈辱は耐えがたいもの
だったんだろう・・。そこから逃れるために、それを乗り越える
為に、常に上を向いて生きることは当然のことだっただろう。
でもそんな世の中の事情や時代の影響力、父の生まれ育った
環境や事情、心の内面なんて考えもしないあの頃の私は、
言われる度に「上をみてもキリないじゃん」と
思ってた気が・・。とにかく上昇志向の高い世代だから
私は嫌いだった、というか耳障りに感じた、その言葉が。
何ていうのか、尻をたたかれているような嫌悪感、
ぼわれているような苛立ち、みたいな。
経済成長の著しい発展を担ってきた・・
活力旺盛な人たち・・。社会の動きにも敏感で
率先して政治に参加し、取り組み、子育ても然り、地域との
繋がりも自然に極みまで大切に出来る(これは母の偉大さですが)
そんな両親でした。
子育てもスパルタか?と思う様な父との思い出。
大人と子供、って感じには思えない全力投球ぶり。
刺激が強かったなー、父は。手を出されるのも日常だったし
(これがまた顔面だったのよねーー(-_-;しかも思いっきり
感情的、に見えたわ、今思い出しても・・・)
自分の思い通りにならないと爆発していたな。
幼い私には父の強い、強烈な個性が刺激的過ぎていたかも・・
殴られた時の強烈な悲しみ、憎しみが未だに心に焼きつく。
父を軽蔑したし、私の全エネルギーをぶつけて泣き叫んでも
父には届かなかった、娘の痛み。
もちろん悪い事をしたから叱られていたんだろうし
父も「俺が悪い事をしたわけじゃない。」
と大人になってからも言っていたな・・・。
私は手を出されると決まってまぁ泣き叫ぶのは普通の反応だけど
それプラス、もっと殴ってみろ!と挑発さえするこでした・・。
まるでガリラヤのイエスの言葉をそのまましていた感じ?
「右の頬を打たれたら左の頬も出しなさい」(^v^;Aなーんてね。
ただただ、私の我の強さが垣間見れるとこですねーー。
でも。遊びも一生懸命だった父。
夏休みなんて特に、我が家にはいつも
数人のお友達が遊びに来ていて、父母と近所の子供たちと
みんなで近くの市民プールなどに毎日のように通ったり・・。
あと、たくさんの本、や絵本もずっと与え続けてくれていて
今でも感謝している。
なんだかんだ言っても、私は父が憎めず、時折、(時折ね。)
大好きだったりもした。
特に中学生位までは、母より断然父が好きだった。
(母、ごめんよ!)
これはきっと子供心に父の持つエネルギーに巻き込まれていた、
というのか^^;父に認めてもらいたい、と願っていたような
気がする・・。
それに、子供にとって親は絶対的な存在だから・・・。
父はああみえて?とても繊細でデリケート、
芸術家のような絵の才能や美意識を持っている人。
父が母と喧嘩したりするといつも私は、
どんなに父が悪くても父を庇っていた気が・・
要は私と父は愛憎が深いのかもしれない。
そのまんま、私に体当たりしてきた人だった。
含み、が一切無い人。家族ってそんなものかな。
でも最近ようやくその鋭い言動の中にある私への心配や思いやり
を感じることが少しずつ出来てる気もするこの頃。
ようやくね。。私を伸ばすため、それだけだったんだろうな、と。
私の弱さを見抜き、核心に触れられすぎるんでしょう。
子育てって・・どんな親でもその人なりに子供を愛していて
愛しているからこそ、の全て、なんだろうけど
その想いが子供に伝わってるか、伝わってないか、ってとっても
大切なポイント、だなーと想う私。
親は守ってくれるもの、これはそうだと想っていた。
学校に行けたのも、親のお蔭だし、大学まで自宅から
通っていたけど、親のお蔭だと想う。社会から守ってもらっていると
いう意識はしっかりあったと思う。
家族、としては恵まれていたと想う。
至れり尽くすせりだったと想うし、(経済的、物質的にも)
でも・・・・・
子供の目線には合わせない親だったかも。
自分達の目線、自分達の価値観、自分達の考え、想い
を何の迷いも躊躇もなく?伝えてきた感じ。(まぁ普通はそうかしら・・)
受け入れて欲しかった・・・。一方的に自分たちの
やり方を押し付けるんじゃなくて。
自分が親になってみれば↑こんな愚痴はきっと
言えなくなりそうだけどね。
私がちゃんと伝えない子だった、ということなのかも。
★。.::。.::・'゚☆。.::・'゚★。.::。.::・' ★。.::。.::・'゚☆。.::・'゚★。.::。.::・'
今では母を尊敬しているし、父に対してのマイナス感情は
全くなくなっている。
こんな自分の親子関係を踏まえながら自分がママに
なった時、活かせることは活かしていきたいな。
親の想いや苦労が肌で判るんだろうなー。
子育てって恐かったりするんだろうな、と想う。
自分を丸ごと吸収されるような、そんな恐さ。
親からの、時代からの、環境、知識からの
膨大な色を吸い込むだろうまだ見ぬ天使・・・。
知らず知らずに吸い込んでいくその色は一度染められたら
なかなか真っ白には戻らない、強烈な色で
天使が純粋であればあるほど、化学反応を起こしながらも
確実に天使の血となり肉となるんだろう・・。
子育ては、日々、自分の心と行い、想いの建て直し、
これに尽きる気がするこの頃・・・。
今から、自分をちゃんと見つめ、正し、行う事を心がけねばな・・。
子供の目線にたつ・・・いかにも聞こえはいいけれど
ついつい自分の目線になって今までの自分を繰り返すであろう
私。
案ずるより産むがやすし・・・
今の私に相応しい?&厳しい?ことわざ、ね。
- 2007/10/10(水) 08:23:51|
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心と現実がそんなに深く関わりがあるとは
露ほど知らなかった若かりし私は、
今思えば、人として、最低の過ちを犯していたような気がする。
自分の力を過信し過ぎて、とことんまで自分をいたずらに
追い込むという感じでしょうか。
もちろん精神科に通わなければならなくなったり
友達との付き合いも途切れたりしました。
人を罪な存在だと思い、生きていること事態が意味のない
ことだと思うことはもちろん、
意味がない、ではなく意味を見出せなくなり、命の価値が
全く感じられなくなってしまっていました。
自分を粗末に扱うと同時に他人の価値もなくなっていく感覚、
というのでしょうか。
恋愛も・・ただのセックスフレンドだった気がする。
しかも相手にとっての・・・。
ここまで自分を落とせたのは、今思えば私の傲慢さ、だと感じる。
呼びかけ・・・もありますが・・。
私のこの自己中心的な生き方は、生まれ持っている
カルマ((前世から引き継いでいる業、弱点)かもしれません。
人と違うという自負心。
人より優れていて当たり前だという虚栄心にも近い
独尊、優位。
根拠のない満足感や怠惰も然り。
もちろん育つ過程で、自ら〜今世で育んでしまった煩悩でもあります。
○☆*゜¨゜゜・*:..。o○☆*゜¨゜・*:..。o○☆*゜¨゜゜・*:..。o○☆*゜¨
高校は普通科の共学。
本当は商業に行くつもりだったのに父に試験当時に
猛反対され、普通科に決められた・・・。父なりの想いが
あったのかと想うけど未だに何故かはわからない。
これも、恨みに想ってしまった、深いところで。
ここでも同級生とのつながりは
煩わしく感じた。何か自分の周囲の特別そうな顔をしている
グループに対して嫌悪感を感じた。居場所が無い感じ。
でも勉強は楽しかった気が。1年生までは。
2年生になり、友達が出来始め、ホッとした感じの頃。
その衝撃がやってきた。恋愛と同時にその衝撃が・・・・。
何もかも捨てよう、という。疲れたし、このまま生きていても
先が見えてしまう感じ。やり直したい・・・。すごい強い想いだった。
16歳、だっけかなー。確か。
父との確執?嫌悪感から家出する前後だったかな、この頃。
恋愛は、先生にでした、あれから15年以上の月日がたってますが
忘れられない思い出です。
やっぱりいけない恋愛だったけど
もし生まれ変わって同じ境遇なら同じように恋してしまう
だろうな、と想う私がいる・・・。苦しかったくせに。
なんというのか、私はとにかく異性に安心感と開放感を
求めていた気がする、(自分に求めていた、のかも)。
★。.::。.::・'゚☆。.::・'゚★。.::。.::・' ★。.::。.::・'゚☆。.::・'゚★。.::。.::・'
それからの人生は今の自分にはまだ書けないほど
だめだったと想う。
大学もなんとか卒業はしたけど。
10年ほどは仕事をしながらいろんな人間関係を
苦しみながら観ていた=味わっていた気がする。
まとも?な私(今の)だったら絶対しない仕事、とかしたりして。
心は相変わらずきっとガラスみたいに繊細な割れそうなまま。
好きでもない男に抱かれても感情がなく、
ただただ、大きな愛とぬくもりに飢えていたりもした。
嫌いな男を好きになったふりもした。(今の私では絶対に
出来そうにない・・・私がどれほど自分を見失っていたか
が顕著に顕れるのがこの男女関係だとも想う)
自分の求める自分さえ見失い、
16歳の頃に聞いたあの呼びかけを虚しく感じていた。
こんなに苦しいなら死んだほうがましだと想っていた。
私には担い切れないだろう・・と絶望的になっていた・・・
結局私は16年間に育んだ私らしさを全て投げ出して、
真っさらになりたかったのに、本当に真っさらになることの
恐さを味わっていたのかもしれない。
自分が判らないことほど、生きていくのが辛い事は無いと想う。
本当に何もかもが混乱していた。
そんなとき、今の主人が私を見初めてくれた・・・。
この時、人生で一番嬉しかったのを
昨日のことのように覚えてる。
やっと出会えた、という長年の悲願だったような
不思議な感覚だった。
抱きしめてくれた時嬉しくて切なくて
ワンワンと泣いた(あ犬じゃなくて!号泣の方の、ね

)
解ける感じ。
ずっとずっと一人で戦っていたけど
ようやく私を助けてくれる存在に出会えた感じ。
この頃から少しずつ少しずつ、私は自分のあるべき姿を
内から自然に出せるようになっていた。
自分らしくいられた、この人といれば。
今の主人に出会った事が、生きてきた中で
一番嬉しい事だから・・・
主人に会うためにそれまでの人生があった、と、想えるから。
そう想えば、何もかも必然だったのね・・。
そう、主人は私を100%受け止めてくれる人・・
ちょと言いすぎかも。
私のいいも悪いもひっくるめて愛してくれる・・
これも、わたしの勘違いかもしれません。が。
主人との出会いのお蔭で
「良かった、全てが」と
思える私でした。
安心できる、というのがこれほど幸せなのかを感じるには
安心できない、ということを知らなければいけなかった・・と想うから。
人生はパラドックスです。そう・・あるからない、ないからある。
- 2007/10/09(火) 17:39:51|
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周期15日 基礎体温 36.07
今日はフーナーテストといって
排卵日を想定し、前日に仲良し♥して精子の通過性
を確認する・・・をして頂きに
病院に1時間かけて・・・。パパに午前中は御仕事を休んでもらい
一緒に出掛けました。別に一人でも良かったんだけど
「俺も行こうかー?」と言ってくれたので甘えました

結果は拍子抜けするぐらい・・・あっさりとひとこと。
「フーナーテストは非常にいいですよー゚+.(・∀・)゚+.゚」
何がどういいんだ?と瞬間??に想いながらも
「ああそうですか」というしか出来なかった間抜けな感じな私。
内診直後の先生との会話はただでさえもなんか
気分↓↓↓だし、そちらが曖昧な言い方しかしないなら
私も聞かないわーーという・・いい加減?な関わり方・・・\(-o-)/
でも後からあとから、何がどう良かったんだーー??
と聞かなかった自分に少々後悔。
あと子宮筋腫の小さいものがあるとのこと、
気にしなくても大丈夫・・・らしいので気にしないが。
これもあっさりだったなーー

ま、深刻に言われたら、どもならんけど。
前の病院と違い、混んではいるけど30分と待たされず
9時に着いて、9時半にはもう車の中にいました*^_^*
これは本と有難い、前は2時間とか平気で待ってたもんなー!
毎日温経湯飲んで、基礎体温しっかり付けて
毎週病院に通っていれば・・・きっといいことある気がしてきた♡
帰りにパパと道の駅みたいなとこで
鮎の塩焼きを1匹ずつ頂いて大満足:♪*:・'(*⌒―⌒*)))
子持ちの丸々した最高に美味な鮎

だったわ・・・
ちなみに1匹600円・・
そして・・パパの全体的な私への優しさや、気遣いに感謝しながら
ももとパパと私・・・の今、この瞬間が幸せだなーーと
改めて想いながら家路に着きました・・・
★。.::。.::・'゚☆。.::・'゚★。.::。.::・' ★。.::。.::・'゚☆。.::・'゚★。.::。.::・'
治療費 2回目 2,300円
- 2007/10/05(金) 13:02:53|
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周期14日 基礎体温 36.00
久々のブログです・・・。
以前のブログが全てパァーになって、
閉鎖しておりました。
その間も順調に過ごし、穏やかな毎日を頂いております。
4月から婦人科デビューして半年。
そう簡単に授からないものね\(-o-)/
出逢って10年にもなる私たち・・・
半年間 婦人科で漢方薬飲んだからって
すぐ願いは叶うまい・・・

ちなみに・・温経湯、という
血行を改善する、冷え性などに効くお薬です。
高温期が一週間ほどしか続かなかった私の基礎体温(;´∀`)
↑これでは赤ちゃんはまず出来まい.
飲み始めて4ヶ月目にしてようやく高温期12日をキープして
くれるようになり、漢方薬の効き目にいささか驚きました!
正直、「血行改善のお薬と不妊治療ってなんか関係あるわけ?
こんなお薬で大丈夫なの?」と先生を信じきれずに
だいぶん内心は馬鹿にしておりました、先生、

10月から、新たに転院し、きっといろんなストレスと
向き合うだろうと想うと、書く、という作業なしには
乗り越えられない・・・そんな気がしまして、
暫らくお休みしていたブログの再開スタートしようと
想います・・。
どうぞ宜しく♪(^^)
とはいっても自然に授かる事を切に望んでます♥
ちなみに身体は異常なし・・・今のところは(*^^)v
★。.::。.::・'゚☆。.::・'゚★。.::。.::・' ★。.::。.::・'゚☆。.::・'゚★。.::。.::・'
初回医療費 2,060円
- 2007/10/04(木) 18:07:58|
- 赤ちゃん待ち♪|
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