今日は
ある宗教の集まりの日で内心はあんまり行きたくなかったけど
前日も会員さんからご丁寧にお電話があったし
孟蘭盆会(だった?と思う、字違うかも?)という御先祖供養ということで
我が家の過去霊帳の中から5人お願いをしてあり
主人も「行ってひとと喋って楽しんでこーい!」と
言うので行ってきた。
「のめり込むなよ、内容に。人と楽しむ為だけだぞ」
という主人はとっても楽観的だなーと思う。
別にどんなところでも
自分が行く気で行ったならばそれなりに楽しむし楽しめるけど
宗教=義母や片方の義姉の後継ぎみたいな感覚で
法華経を学ぶいい機会だと捉えていたこの組織だけど
いろいろ思うところもあったり
立ち止まる機会があったので今ちょっと今後の行く先を
迷い悩んでいる最中。
仏教が人を支配するために日本に持ち込まれ
広まった・・・・。このフレーズがどうも頭の中から離れずに
その根本がどう思っても嘘ではない気がするので
その場にいることも居たたまれなくなる感じ。
まぁ私はどっちみち熱しやすく冷めやすいので
どんなグループや組織に俗しても
ずっとそこに留まることはできない性質なので特に珍しい成り行きでは
ないんだけど自分でもまだ会員でもなく、ただ家族の一人、くらいな感覚で
学び始めていた仏教でこんなに思い悩むことになるとは
展開が早いなーと我ながら思う。
創始者の人柄や現会長さんの人柄も嫌いじゃなくむしろ
人としてはまさに宗教を伝えるべく世に生まれた方という感じがするので
この組織のことを悪く思うつもりは毛頭ないんだけど。
そしてそこに集まる方も善意の方々ばかりで
真実の幸せを求めるかたばかりなのは言うまでもなく。
家庭第一・先祖供養第一を唱えることに
特に疑問も感じなかった私ですが。
なんか自分の中で内部分裂な感じ。
私は繰り返しになるけど
もともと何十年にもわたって培ってきた?自分の価値観や
性格、傾向をいとも簡単に脱ぎ捨てて
真っ白な状態に戻すことを昔から得意技??としてきている
ちょっと危ない人間なので(破壊癖とかいうのかな?)
GLAも疑問に思い始めたと思うとすぐに
見切りをつけたしそれはとても自然で私の内では正しい選択だった気がする。
もちろんGLAが悪いのではなく
私には2年間の学びで充分だった気がしただけのこと。
昨日の夜もちょっと明日のことで悶々としていて
ちょうど主人が役員会で出かけたので
早速気の合う方の義姉に電話。(もう一人は熱心な信者さんで幸せそう)
この方も一応その宗教に入っておられるけど
私と少し似ていて、(少しね)チャネラー(表現がおかしいかも)でもある人なので
空気のように話せるひと。
いつも話をし始めると何時間もお互いに止まらなくなる。
そして宗教にのめり込めない性質の人。(のめり込みすぎるので
のめり込まない・・・という感じかな)
その義姉と話していると
やっぱりお互いに宗教にいつも御縁があるけど
そのつど、何かに支配されてしまい危なくなり義姉は
御主人にお経すらあげるな・・と言われ(座ることも)
その類の書物はみんな捨てられてしまっているという。
前までそれを聞くと「えーー?おにいさんひどいねー」とか
言ってた私だけど
おにいさんってもしかしてよーくご存じなのかしら?と昨日は思った。
義姉は私なんかより数段魂の高くすごい出来た方で
既に5次元の人。その義姉も
その組織の勉強会もあまり心が喜ばず意味を見出さないという。
人には聞かせられない不思議な会話を延々と2時間くらいして
結論は
やっぱり
「私たち、敏感だから支配されてしまうのかも」ということと
「私たちがおかしいのではなく普通の感覚なのでは」ということ。
主人が帰ってきたので
「義姉と電話で話しとったわー」と言うと
「たわけんたらわ」と鼻で笑う。ひどくない?
内容なんて話してもいないのに
第一声が
「たわけんたらわ」だよーー

まぁ嬉しそうに言ってたから許すけど。
とにかく義姉と話すと
魂で会話ができる感じなのでとても気分が落ち着き
誰にも言えない話ができていい。
でもさすがに宗教からあしを洗うとも言えず
今朝も運転しながら
大多数の無宗教の人々をなんかいいよなー
なんで私って20歳から自ら好んで宗教なんだろうなーと
内心うんざりとしてきた。
法要も
潜在意識が拒否っているので
面白くないし
お経も今朝も家であげたけど最近は全部暗記しているので
口だけ勝手に動いてる感じで
みんなとワーワーとお経あげるのがなんか煩わしい感じがした。
もちろんこの態度は自分の思い込みからそうなっているのは
よく判っていて人間ってなんて単細胞、いえ、私ってなんて単細胞なんだろうと
想う。
でもこれから本当に自分のいのちを、すべてを大切に想う為には
余分なものを捨てる作業をしなければいけない。
しかも今まで一番大事だと思っていた部類のことを。
だから
ちょっと慎重にもならなければいけないし
子供じゃないんだから
いろんな繋がりもあり、そう思うからそうするでは
回らないこともあり、あまり性急にならず
心をゆっくりとあたためていくことから始めよう。
そういえば
今朝とても綺麗にお化粧をして出かけたのに
帰りに鏡をみると顔がむくんで不細工になっていて
自分でもびっくりした。(もともと不細工?という御意見もごもっとも)
ココロってすごいなー。
長い長い永遠の人生の中で
こういう気付きはなかなか訪れないものだと思うから
焦らず、誰も傷つけることなく
少しずつ捨てるものは捨て、
きれいに整理整頓していかないとなー。
私は本当は
このままでとても恵まれているし
伴侶にも家族にも恵まれていて
何をそう背伸びをして得ようとしているんだろう・・・とふと思う。
20歳の頃は
やっぱり支えが欲しくて
自然にキリスト教に出会い
新鮮な気持ちで聖書に向いあった・・・。
あのころは孤独だった。
でも今は
かけがえのない家族と共に
自然の中でのんびりと暮らす日々。
その中で、今までは気付かなかったいろいろなことに
ハッと気付かされるのはこれも自然なこと。
夫婦仲がいいのは
きっと
何よりも幸せなんだと思う。
でもどこかで
もっと知りたいことがあるんだと思っていた。
それが神様仏様だと・・・・。それが私にとっての支えだと・・・。
でも知りたいことは足もとにちゃんとある。
目の前にちゃんとある。
人はいろいろな欲があるけど
私もやっぱり
真実を知りたいという欲がとても強いんだと思う。
それでも。なんやかんや言っても
実際の私を知る人は
私と宗教はあまり結び付かないかもなー

自分で言うのも変だけど。
私は結構天真爛漫だとは思う・・・。
その与えられたものを
これから大切にしていきたいなー☆
- 2008/07/13(日) 15:10:20|
- 気付き|
-
トラックバック:0|
-
コメント:0